北米充電規格(NACS)の標準化によるテスラのGAFA化を阻止できるのか?

独BMWグループ、ホンダ(7267)、米ゼネラル・モーターズ[GM]、韓国の現代自動車と起亜、欧州ステランティスと独メルセデス・ベンツグループの7社は7月26日、北米におけるEV(電気自動車)向け充電網の整備で提携すると発表した。年内にも合弁会社を立ち上げ、資金を出し合って急速充電器を設置し、共同で運用する見通しだ。

7月27日の日本経済新聞の記事「ホンダやBMW、米EV充電で連合 テスラ「GAFA化」対抗」によると、7社の合弁会社は来年の夏から米国において急速充電器の設置を進め、その後カナダでも展開し、2030年をめどに少なくとも3万基を設置するとしている。

現在、北米には充電口ベースで約3万5000の急速充電器があるが、そのうち6割超の2万2000をテスラ[TSLA]が占めている。北米における充電網の規格を巡っては、5月以降、大手自動車メーカーのフォード・モーターズ[F]やゼネラル・モーターズ[GM]、メルセデス・ベンツも、テスラが展開する「スーパーチャージャー」をベースにした北米充電規格(NACS:North American Charging Standard)を採用する動きが続き、北米におけるEV車向け充電規格の標準になる可能性が高まっている。

では、既にNACSを採用することを表明したGMやメルセデス・ベンツも含め、7社が連携を決めた狙いはどこにあるのか。前述の日経新聞の記事によると、テスラは車載ソフトウエア開発やソフト更新サービス、自前の充電器からのデータ取得などを通じてEV分野で米IT大手企業群「GAFA」のようなプラットフォーマー(基盤提供者)としての色彩を強めており、7社が提携した主眼はテスラの優勢を食い止めることにあると述べている。

他社の追随を許さない要因となっているテスラのスーパーチャージャー

急速充電網を自前で設置し、運用するには人材や資金を含め、多額のリソースが必要となる。しかし、その見返りとして、EVの充電データや車載電池の消耗度合いといった情報を取得することができる。テスラがスーパーチャージャーの整備、運用を始めたのは2012年であるが、そこから10年余り、テスラはデータを蓄積し、EVの開発に生かしてきた。この充電網から得られるデータの活用は、テスラがEVで躍進した理由の一つだ。

NACSが北米におけるデファクト・スタンダードとなることで、スーパーチャージャーを通じて他の自動車会社のEVが持つデータもテスラに集中し、テスラが巨大プラットフォーマーとなるリスクが高まるとしている。つまり、テスラの「GAFA化」を防ぐための連携だと指摘している。

テスラのスーパーチャージャーは現在、北米、アジア、欧州、中東の多くをカバーしている。テスラの決算発表資料によると、2023年4-6月(第2四半期)末時点で、全世界で5000を超える充電ステーションと4万8000以上の充電コネクターを保有している。

【図表1】テスラ「スーパーチャージャー」のステーション数(左軸)とコネクター数(右軸)
出所:決算資料より筆者作成

 車のデザイン、ソフトウェアにより常にアップデートされるという斬新さや独創性など、テスラが人々から選ばれる理由はいくつかあるが、他社の追随を許さない大きな要因となっているのがこのスーパーチャージャーである。スーパーチャージャーの利用が増えれば増えるほど、テスラにデータが集中し、それが他のサービス展開や車の開発にメリットをもたらすという仕組みだ。テスラの製品の中で最も抜け目がなく、最も戦略的なのは、実は派手さのないスーパーチャージャーだったようだ。

テスラ車の販売に影響を及ぼした米金利環境の急激な変化

テスラが7 月19日に発表した2023年4-6月期決算は、売上高が前年同期比47%増の249億ドル、純利益は20%増の27億ドルだった。昨年秋からの値下げ効果で米国や中国での販売が増え、世界販売台数は83%増え、2四半期ぶりの増収増益を確保した。

【図表2】テスラの売上高と純利益の推移
出所:決算資料より筆者作成

しかし、今四半期の営業利益率は9.6%と前年同期に比べ5ポイント低下した。ピークだった2022年1-3月期(19.2%)と比べると半分に落ち込んでいる。日本経済新聞の7月21日の記事「テスラ、中国市場に不安 競争過熱、攻めるBYD」によると、決算説明会においてイーロン・マスクCEOは、「高金利と多くのマクロ経済の不確実性にもかかわらず、約10%の営業利益率を達成できた」と話し、利益率が許容範囲であるとの認識を示した。
 

【図表3】テスラの営業利益率の推移
出所:決算資料より筆者作成

決算説明のアーニングス・コールにおいて、第2四半期の受注は生産水準に対してどのように推移したのか、また、四半期累計ではどのように推移しているのか、さらに需要拡大のために値下げやその他の販売促進策を講じるタイミングをどのように判断しているのかとの質問に対し、マスク氏は以下のように回答した。

需要が生産にほぼ追いついているため、われわれはリアルタイムでの需要とリアルタイムの生産を目指している。私が受け取る電子メールには全世界の工場からの生産と注文が記載されている。だから、基本的にはリアルタイムで地球の動きを把握しているようなものだ。そして、私たちは世間のムードに応じて生産計画を調整する。

新車購入は、大多数の人にとって大きな決断だ。そのため、景気に不透明感があると、一般的に新車購入は一時中断し、少なくとも様子を見ることになる。そして、もうひとつの課題は金利環境にある。金利が上昇すれば借金で買ったものの値ごろ感は当然低下し、事実上、車の価格は上昇する。金利が急激に上昇すると、金利支払いで車の価格が上昇するため、実際には車の価格を下げなければならない。そして少なくとも最近まで、歴史上最も急激な金利上昇があり、「私たちはそれを何とかしなければならなかったのだ」と述べた。

将来的に素晴らしいパイプラインを持つ企業の株式を買うべき

その他、今回のアーニングス・コールにおいてイーロン・マスク氏が語った中からいくつかポイントを絞って取り上げたい。

完全自動運転とスーパーコンピューター ドージョー「Dojo」について

自動運転を構築するためには、何百万台もの車から得たデータでニューラルネットを訓練する必要がある。トレーニングデータが多ければ多いほど結果は良くなる。つまり、ニューラルネットでは、100万の訓練例では機能せず、200万ではわずかに機能し、300万では、「わぁ、なるほど、何か見えてきたという感じ」だが、1000万の訓練例を得ると、信じられないような結果になる。

大量のデータに代わるものはない。このデータを収集するために道路を走っているテスラのEV車両は他の企業の合計よりも一桁多い。全体の90%、あるいは非常に大きなシェアを有している。これまでにFSD (Full Self Driving:完全自動運転)のベータ版を使って3億マイル以上を走行した。この3億マイルという数字はすぐに小さく感じられるようになる。すぐに数十億マイル、そして数百億マイルになるだろう。そして、FSDは人間と同程度の性能から、人間よりもはるかに優れた性能へと進化していく。完全自動運転は平均的な人間のドライバーよりも10倍安全であるという明確な道筋が見えている。

 テスラ株への投資について

今は激動の時代だ。私はテスラの長期的な価値に非常に高い自信を持っており、5倍、あるいは10倍の企業価値向上への道筋が見えている。しかし、その道のりがどうなるのか、試練や苦難、市場のムードなど、誰にも予測はできない。投資のアドバイスとしては、自分が好きな製品を扱っている会社を見極めることだ。企業が存在する理由は、商品やサービス、理想的には優れた商品やサービスを作るためだ。それ以外の理由では存在しない。存在すべきではない。だからこそ、良い製品を作り、将来的に素晴らしいパイプラインを持つ企業の株を買うべきだ。

ウォーレン・バフェットの言葉を借りれば、上場企業というのは、「おかしな男がやってきて、あなたの家の外に立ち、家の価格を叫ぶとする。だがその価格は、家自体は変わらないのに、毎日変わる。株式市場もこのようなもので、扱いが非常に難しい」、この格言はウォーレン・バフェットの功績だ。正直なところ、資本集約的なビジネスで、新技術に巨額の資金を投資しながら、フリーキャッシュフローがプラスというのは非常に大変なことである。メガパック(大型蓄電システム)やスーパーチャージ・サービスなど、こうした事業はすべて今期から全体的な収益性に大きく貢献するようになった。

【図表4】テスラのキャッシュフロー
出所:決算資料より筆者作成
【図表5】テスラの現金及び現金同等物
出所:決算資料より筆者作成

営業利益率が直近で10%を割り込んだというのは前述の通りであるが、その一方でテスラのキャッシュフローは第1四半期から増加に転じている。またキャッシュポジションも順調に伸びてきている。ギガファクトリーやスーパーチャージャーなど、他社には真似のできない大型投資をしながらも着実にキャッシュが入るビジネスの循環を作り上げつつあるようだ。EVの販売に関わる利益率が低下したとしても、シェアが拡大すればするほどテスラの実入りは増えていく。テスラはマスク氏の言う「将来的に素晴らしいパイプラインを持つ会社」の一つである。


石原順の注目5銘柄

テスラ[TSLA]
出所:トレードステーション
アルファベット [GOOGL]
出所:トレードステーション
アップル[AAPL]
出所:トレードステーション
メタプラットフォームズ[META]
出所:トレードステーション
アマゾン・ドットコム[AMZN]
出所:トレードステーション