◆台風で開幕が遅れた今年の全国高校野球選手権大会も無事始まり、甲子園では球児たちによる熱戦が連日繰り広げられている。甲子園球場は兵庫県西宮市にあるが、愛媛県松山市にも「甲子園」がある。俳句甲子園である。

◆俳句甲子園は、松山市で開催される高校生の大会。一般の俳句大会と異なるのは5人1組のチームで参加することと、議論による俳句の鑑賞力を競うところである。全国各地から、地方大会または応募審査により出場権を獲得した全36チームが松山に集まり、決勝トーナメントを行う。今年の夏で第17回を数えるこの俳句甲子園、これまでに期待の若手俳人を何人か輩出してきた。そのなかのひとりに神野紗季さんがいる。

カンバスの余白八月十五日

神野さんが松山東高校時代に詠んで、第4回大会の最優秀句に選ばれた作品である。

◆「カンバスの余白」には、まだ何も描かれていない。そこに、どんな絵を描くことも、どんな色を塗ることもできる。「余白」は無限の可能性を秘めている。自由に羽ばたいていける若者の特権を、思い切り表現した言葉である。「カンバス」という言葉からは静謐な印象を受けるが、そこに「余白」が加わると、とたんに伸び伸びとした躍動感に変わる。カンバスという限られた領域のなかに余白という「無限」を入れたからである。

◆8月15日はわれわれ日本人にとって特別な意味を持つ日である。それと「カンバスの余白」の対比の妙。決して否定的な対峙の仕方ではない。むしろ、「八月十五日」を踏まえ、尊重し、だけどそうした過去を振り切って、その延長線上に新しい明日を見つめる視線が清々しい。制約のなかに無限があり、そこに過去と未来が交錯している。8月15日、夏のど真ん中の青空に「白」という言葉が映えて、とても素敵な句である。

◆東京生まれの僕に故郷はないが、少し「心の帰省」をしてこようと思う。早い話が、ちょっとだけ休みをもらって充電しようと思う。来週一週間、「新潮流」はお休みです。神野さんの自選十句に、こういう句がある。

ここもまた誰かの故郷氷水

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆