半導体業界で生き続ける「ムーアの法則」

米インテル(INTC)の共同創業者ゴードン・ムーア氏が3月24日ハワイの自宅で亡くなった。94歳だった。ムーア氏は、集積回路「トランジスタ」の数が2年で2倍になる(発表当初は1年で2倍だったが、後に修正された)とする「ムーアの法則」を1965年に提唱、デジタル社会の礎を築いた立役者である。

ムーア氏は1956年、トランジスタを開発したウィリアム・ショックレー氏が率いるショックレー半導体研究所に入社し、そこでインテルの共同創業者となるロバート・ノイス氏と出会う。その後、インテルの前身となるフェアチャイルドセミコンダクターを設立し、世界で初めて半導体集積回路の商業生産を始めた。1968年7月、ノイス氏とともにインテルを立ち上げ、フェアチャイルドで部下だったアンディ・グローブ氏を加えて、3人でインテルを世界最大の半導体メーカーに育てあげた。

半導体業界はトランジスタを密集させることの困難さ、つまり「ムーアの法則は死んだのか」という課題に常に直面してきた。法則の「限界」が指摘される度に新たな技術革新がもたらされ、この法則は現在に至るまで維持されている。

現在、その技術革新の中心となっているのが超微細化を実現する露光工程だ。加工技術におけるこの革新が半導体チップの飛躍的な性能進化を支えてきた。結果、半導体の初期には考えられなかったほどの計算能力を実現できるようになっており、現在のAIブームもその恩恵の上に成り立っている。

AI技術が注目されるのは今回が初めてではない。1月31日付のMITテクノロジーレビューの記事「GAFAレイオフでも『AI冬の時代』が再来しない理由」によると、AI研究は1950年代に1つの分野として確立されて以来、流行と衰退の激しい波を繰り返してきたという。

景気後退によってAI研究の資金源が閉ざされた「AIの冬の時代」と呼ばれた時期が1970年代と、1980年代後半から1990年代前半にかけて2度あったが、今回はまったく異なることが起きている。テック企業の経営が厳しくなっている中でもAI研究への投資は依然として活発で大きく前進しているということだ。

また、当時はコンピューターがソフトウエアを動かすのに十分な性能を持っていなかったが、今では、大量のデータと非常に強力なコンピューターによって、この技術を実行することができるとしている。

米調査会社のMarket.USのレポートによると、世界のAI市場は2032年に2兆7450億ドルまで拡大すると試算されている。年平均成長率は約36%だ。半導体の計算能力の向上とともにAIの進歩も続くだろう。「ムーアの法則」はこれからも生き続けるのだ。

【図表1】拡大が続く世界のAI市場(単位:10億ドル)
出所:筆者作成

AI時代がもたらすメリット・デメリット

今回のAIブームの中心にあるのが2015年に設立されたオープンAIだ。オープンAIはシリコンバレーで最も重要な人物と言われるピーター・ティール氏やテスラ(TSLA)のイーロン・マスクCEOらの出資を受け、起業家のサム・アルトマン氏が立ち上げた。2023年、このオープンAIにマイクロソフト(MSFT)は1兆円規模の大規模な投資を行った。

マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏は3月21日、自身のブログ上で「The Age of AI has begun(AIの時代が始まった)」と題する記事を投稿し、人工知能は、携帯電話、マイクロプロセッサー、パーソナルコンピューター、インターネットと同じように革命的なものだと主張した。

ブログの中でゲイツ氏は、自分が生きている間に革命的だと感じた技術のデモンストレーションを2度、目にしたことがあると述べている。1つは1980年、Windowsをはじめとする現代のあらゆるオペレーティングシステムの前身となるグラフィカル・ユーザー・インターフェースに触れた時、そして2つ目の大きな驚きはちょうど2022年、AIの進歩を目の当たりにした時である。

ゲイツ氏は2016年からオープンAIのメンバーと面識があり、同社の着実な進歩に感銘を受けていた。AIは、人々の仕事、学習、旅行、健康管理、コミュニケーションのあり方を変えると述べており、産業界全体がこの技術を中心に方向転換することになるとしている。そして企業はAIをいかにうまく利用するかで、自らを差別化することができるようになるだろうと述べている。

また、財団を通じて慈善活動を行っている立場から、貧困や教育格差の問題、気候変動等、世界が直面している課題に対してAIが果たすべき役割は大きいとしており、生産性を向上させるためだけではなく、世界で最も深刻な不平等を軽減するために、AIがどのように役立つかを考えていると述べている。

例えば、世界的に見ると、貧困国を中心に5歳未満の子どもたちが毎年500万人亡くなっている。その多くは下痢やマラリアなど予防可能な原因で命を落としており、子どもたちの命を救うこと以上にAIを有効に活用する道はないだろうとしている。

また、ゲイツ氏は、裕福な人たちだけでなく、すべての人が人工知能の恩恵を受けられるようにする必要があると語っている。そして、人工知能によって不公平を減らし、不公平を助長しないようにすることが、AIに関わる仕事をする上での優先事項だと述べている。

一方で、ブログの中でゲイツ氏は、AIの問題点やリスクについて、次のように指摘している。(筆者が一部を抜粋して和訳したものをご紹介する)

多くの発明がそうであるように、人工知能は良い目的にも悪意ある目的にも使われる可能性がある。政府は民間企業と協力し、リスクを抑える方法を考える必要がある。そして、AIが制御不能に陥る可能性もある。「強い」AIは、おそらく自分自身で目標を設定することができるようになるだろう。その目標は何なのか。もしそれが人類の利益と相反するものであれば、どうなるのだろうか。強いAIが開発されないようにする必要があるのか。このような疑問は、時間の経過とともに、より一層深まっていくだろう。

今後、AIの新たな活用法だけでなく、AI技術そのものを向上させる方法、つまり人工知能に必要な大量の処理能力を提供する新しいチップを開発する企業、消費電力を抑え、製造コストを下げるためにレーザーを使用したチップを製造する企業など、さらなる革新へ向けて取り組む企業が増えるだろうとしている。

その上で、AIというテーマは当分の間、何があっても世間における議論を支配することになるだろうと述べており、その議論の指針となるべき3つの原則を次のように指摘している。

まず、AIのデメリットに対する懸念(理解でき、妥当なものである)と、人々の生活を向上させるAIの能力とのバランスを取る必要がある。この素晴らしい新技術を最大限に活用するためには、リスクに備えるとともに、できるだけ多くの人にそのメリットを享受してもらうことが必要だ。

第2に、市場の力によって、貧困層を救うAI製品やサービスが自然に生み出されることはない。その逆の可能性の方が高い。信頼できる資金と適切な政策があれば、政府や慈善団体は、不公平を解消するためにAIを活用することができる。世界が最大の問題に集中するために最も優秀な人材を必要としているのと同じように、世界最高のAIを最大の問題に集中させる必要があるのだ。

最後に、私たちは、AIが実現できることのほんの始まりに過ぎないということを心に留めておく必要がある。今のAIが持つ限界は、いつの間にかなくなってしまうのだ。

私は幸運にも、パソコン革命とインターネット革命に携わることができた。この瞬間も同じように興奮している。この新しいテクノロジーは、世界中の人々の生活を向上させることができる。同時に、人工知能のデメリットがそのメリットをはるかに上回るように、そして、どこに住んでいても、お金を持っていなくても、誰もがそのメリットを享受できるように、世界は道のルールを確立する必要がある。AIの時代は、チャンスと責任に満ちている。

AI半導体チップ開発をめぐる熾烈な争い

ゲイツ氏のブログでも指摘されていたように、AI技術の向上と同時にAIの性能を最大限に発揮できるAI半導体チップの開発競争が加速している。AI半導体チップとは、AIの演算処理を高速化するために設計された専用の半導体チップである。

AIが使われる範囲が拡大すると同時に、機械学習(マシンラーニング)や深層学習(ディープラーニング)が台頭している。AIの学習に必要な計算量は飛躍的に増加しており、汎用プロセッサだけでは処理が追いつかなくなっている。膨大な量のデータを高速に処理することができる、高性能で消費電力を抑えた専用チップを求める需要が高まっている。

2月24日付のウォール・ストリート・ジャーナルの記事「生成AIに沸く半導体業界、未来のドル箱狙う」によると、半導体メーカーが最新のハイテク技術を巡る熱狂に沸いているという。最小限の指示で文章を生成する注目の人工知能(AI)ツールは大量の演算能力を必要としており、半導体業界にとっては新たな成長の活路として期待が高まる。

2月に開催されたエヌビディア(NVDA)の第4四半期(2022年11-203年1月)決算発表において、ジェンスン・フアンCEOは、AI技術が転換点に達したとの認識を明らかにした。「生成AIの多才さと優れた能力を目の当たりにし、世界の企業がAI戦略の策定・実行が急務だと考えるようになった」と述べた。エヌビディアはデータセンターで使われるAI向け半導体市場で現在のところ、断トツの首位に立っている。

記事では英調査会社オムディアの分析を引用し、エヌビディアは2020年時点で、こうしたAIプロセッサ市場で約8割のシェアを握っているとしている。エヌビディアは15年前から、AIとの相性が良いことが判明した自社のGPU(画像チップ)をソフトウエア開発者に利用させ、業界をリードする地位を築いており、少なくとも当面は、その支配的な地位から業界で最も利益を得る体制にあると述べている。

【図表2】AI半導体チップ市場は10年で20倍以上に拡大する見通し(単位:10億ドル)
出所:筆者作成

米調査会社のVMRによると、AI半導体チップ市場は2031年に2636億ドルになると予想されている。これは2021年の112億ドルに比較して約24倍の規模となる。市場の急拡大が期待され、業界全体に巨額の収益をもたらすと期待されている。エヌビディア以外の企業も黙って見ているだけではない。

クラウド事業を手がけるグーグル(GOOGL)やアマゾン・ドットコム(AMZN)がこの開発にこぞって乗り出しているほか、自社のパソコンに独自チップを搭載しているアップル(AAPL)もグラフィック性能や演算処理の高速化、消費電力の大幅な削減を実現する半導体チップの設計を手がけている。

資金力のある大手ハイテク各社による最先端分野への投資となるため、投下される資金は莫大なものになるだろう。「AI市場を制するものが世界を制する」とばかりに、今後、AI半導体チップの開発競争はさらに激しさを増すものと想定される。

石原順の注目5銘柄

インテル(INTC)
出所:トレードステーション
マイクロソフト(MSFT)
出所:トレードステーション
エヌビディア (NVDA)
出所:トレードステーション
アマゾン・ドットコム(AMZN)
出所:トレードステーション
アップル(AAPL)
出所:トレードステーション