男女賃金格差の開示義務、企業への影響・変化は?

2023年、日本企業と投資家の間の対話において活性化すると考えられるテーマの1つが「ジェンダーペイギャップ(男女賃金格差)」である。日本の企業社会においてジェンダー平等に関する遅れを指摘する声は多方面から聞かれる。そういった状況の中、測定可能な情報を開示し、改善のための道筋を示すことは日本企業にとって急務とされている。

実際、2022年7月に世界経済フォーラムが公表した「The Global Gender Gap Report 2022」において日本のジェンダー・ギャップ指数(「経済」「教育」「健康」「政治」の4つの分野の男女格差を測定)は146カ国中116位と、G7最下位だった。日本の女性管理職比率も2019年時点で14.8%と、3割を超える先進国各国と比べて低い水準にとどまっている。

この状況を改善する取り組みの1つとして、日本政府は2022年7月、女性活躍推進法の省令・告示を改正し、従業員301人以上の企業に対してジェンダーペイギャップの開示を義務化した。そして、金融庁は2022年11月、3月期決算企業が2023年6月ごろに公表する有価証券報告書(2023年3月期分)からその記載を義務付けると発表した。

2022年時点で、既に自主的に開示を行っている花王 (4452)や資生堂(4911)のような先進的な企業の事例も散見されるが、初めての開示に向けた準備を進めている段階の企業も多いと聞く。

米シティ、投資家との対話で「男女賃金格差」課題への意識高める 

既にジェンダーペイギャップに関する株主と企業の対話が活発な米国では、投資家が企業に開示を要請するだけでなく、格差是正のための施策を示すように求める事例も数多く見られる。

米・株主擁護団体のProxy Impact と米・資産運用会社のアルジュナ・キャピタル(以下、アルジュナ)が共同でまとめた調査によると、2022年3月から遡って7年間で80社の米国企業に対して賃金格差の開示を求める内容の株主提案が143件提出されたという。

ジェンダーペイギャップの是正を活動内容の軸とする株主のなかでも、アルジュナの存在感が目立つ。2013年に設立されたアルジュナは、2016年から投資先企業の男女(・人種)間平等の実現のための働きかけを本格化した。直近の2年間だけでもマイクロソフト(MSFT)、ナイキ(NKE)、アマゾン・ドットコム(AMZN)やアップル(AAPL)といった米国の象徴的な企業に対して男女(・人種)間の賃金格差を開示することを求める株主提案を提出している。

ナターシャ・ラム氏
アルジュナ・キャピタル創業者

アルジュナ創業者のナターシャ・ラム氏は「私自身、母親として仕事を続けたかったが、雇用主から柔軟な働き方をする機会が与えられないことがあった。それが企業に男女格差の是正を働きかけるきっかけの1つになった」と語る。

2021年にマイクロソフトに提出したセクハラ対策に関する年次報告書の発行を求める内容の株主提案が78%の賛成比率を獲得したことで、アルジュナの名は世界的に知られるようになった。

これまで投資先企業に対して男女差別是正のための働きかけを主導してきたラム氏が筆者に「特に印象深い」と振り返ったのが金融機関のシティグループ(C)への働きかけだ。

アルジュナは2017年、シティグループに男女の賃金格差に関する報告書を求める株主提案を提出した。この提案は賛成比率14.32%で否決されたが、2018年に同社は金融機関として初となる従業員のジェンダーペイギャップ(職位・職種ごと)の開示を行った。

そこで、アルジュナは同社に対してさらに踏み込んだ働きかけを行った。全ての従業員の給与の中央値から算出するジェンダーペイギャップの開示を求めたのだ。給与の中央値で算出するジェンダーペイギャップは、高給な職位・職種に占める女性の割合を増やすことでしか縮まらないため、「企業の構造的不平等を可視化することができる指標」(ラム氏)という。アルジュナの粘り強い働きかけに応じたシティグループは2019年1月、従業員の給与の中央値で算出したジェンダーペイギャップの開示を行った。

その後、シティグループは2020年9月に賃金格差の是正をテーマに報告書をまとめ「仮に2000年の時点で白人男性と白人女性の賃金格差が解消されていれば、米国経済に5兆ドルの利益をもたらしていただろう」との見解を示した。同社はESG志向の投資家との対話をきっかけに、ジェンダーペイギャップを開示するだけでなく企業として大きな課題意識を持ち、独自に公的な発信を行うまでに変容を遂げた。

日本企業でも株主提案の事例、企業価値を高める好機となるか

日本においても、ジェンダーペイギャップの開示義務化を待たずして投資家・株主が企業に働きかけを行うケースが出てきている。

その一例として挙げられるのが、2022年に関西電力 (9503)に対して提出された「男女別賃金や管理職における男女比など性差別について指標を定め、その実態を毎年公表してその改善に努める」ことを求める株主提案だ。19.0%の株主が賛同したこの議案に賛成票を投じた海外の大手資産運用会社の1社は「会社が男女間の格差をなくすための努力に関して、追加的な情報を開示することは、株主にとって最善の利益となると考える」との見解を示している。

もっとも、ジェンダーペイギャップは決して新しい話題ではない。すでに2021年5月の段階で米・資産運用会社フィデリティの国際投資部門、フィデリティ投信は投資先企業に対して「男女の賃金の差異、いわゆるジェンダーペイギャップの把握と開示に努めるよう期待する」と通知したことを明らかにしている。

企業にとって自社の構造的不平等を是正する取り組みを強化することは、ステークホルダーのさらなる信頼獲得につながり、人材を採用する上でも企業の魅力を高めるだろう。米国企業の投資家との対話の事例に倣い、日本企業や日本企業の株主はジェンダーペイギャップの開示義務化を好機と捉えることができそうだ。