「ESGの退潮」警戒感強める米国投資家

第2次トランプ政権の誕生が1月20日に予定され、近年の企業社会を席巻したESG投資の退潮モードに対して危機感が強まっている。米国に拠点を置く300を超える機関投資家による団体で、年間に300から500もの株主提案を企業に提出することで知られるInterfaith Center on Corporate Responsibility(ICCR)は、2024年12月12日、ヴァンガード、ステート・ストリート、ブラックロック、ティー・ロウ・プライスの資産運用会社4社に、企業のESG投資に関する株主提案の賛成比率の著しい低下を疑問視する内容の手紙を提出したことを発表した。

ICCRで政策アドバイザーを務めるTim Smith氏は「残念なことに、一部の資産運用会社は、よく書かれた合理的な内容の株主提案でさえ、劇的に賛同しなくなっている。これに対し、彼らの顧客であり株主であるアセット・オーナーは、受託者責任の放棄であるとして、異議を申し立てている」と述べた。

ICCRはユニバーシティ・カレッジ・ダブリンのAndreas G. F. Hoepner教授の論文を引き合いに、大手石油・ガス会社に対するスチュワードシップ(機関投資家等、資産管理を任された者が、長期的な価値創造を促進するために果たすべき責任)の行使と議決権行使に関して、アセットオーナーとアセットマネージャーの間で不一致が拡大しており、近年の米国企業でより顕著になっていると警鐘を鳴らしている。

「反ESG」で著名な団体がマイクロソフト[MSFT]に提出した議案が3割超えの支持

「反ESG」の動きについては、日本を拠点とする機関投資家の間でも関心が強い。近年、反ESGに関する株主提案の賛成比率が大きく伸びる事例は確認されてこなかったが、2025年には第2次トランプ政権誕生の世相を反映して、株主の支持を集める事例が出ることは十分考えられる。

実際、2024年12月10日に開催されたマイクロソフト[MSFT]の株主総会では興味深い事例が出ている。反ESGに関する株主提案を提出することで知られる保守系団体のNational Legal and Policy Center(NLPC)が同社に提出したAI開発に関する株主提案は、36.19%の株主の賛成を得た。

NLPCがマイクロソフトに対して求めたことは、反ESGに直接的に関連する内容ではない。株主提案の内容は、AI開発およびトレーニングにおける外部データの利用によって、企業運営、財務、公共福祉に与えうるリスクを評価する報告書を1年以内に作成すること、そしてそのリスク軽減のために企業が講じている対策と、その効果を測定する方法を明らかにすることである。

この株主提案の背景には、AIシステムの開発とトレーニングには膨大なデータが必要である一方、そのデータが不適切または違法に取得された可能性についての指摘があるという。議案の原文ではOpenAIが開発した生成AIモデルが、インターネット上で公開された個人情報や著作権保護されたコンテンツなどを無断で収集したとの指摘も紹介され、幅広い株主の賛同を得た。

ICCRは「株主提案の支持が2桁に達する場合はESG問題に経営陣と投資家の注意を集中させることに成功する」としているが、これは裏を返せば今後、反ESGに関する株主提案の賛成比率が提出され、10%を超えた場合には企業に具体的な影響を与える事例が出る可能性があることも示唆している。

人権・外交にまつわる議案も3割超、対話テーマとしても重要なESG投資

一方、同社の株主総会では個人株主のOlga Bell Greenbaum D’Angelo 氏らが提出した「人権リスクが高い地域におけるデータ運用に関する報告書作成を求める」内容の株主提案が、32.03%の賛成比率を獲得した。

この議案が提出された背景として、マイクロソフトがサウジアラビアなどの人権問題が深刻とされる地域へのデータセンター拡張を計画していることに、株主らが懸念を表明していることがある。米国国務省の報告によれば、サウジアラビアではインターネット活動が厳しく規制され、政府による広範な監視やオンライン活動の取り締まりが行われているという。

株主らはマイクロソフトが国連による「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)で義務づけられている人権への影響評価を実施したという証拠も、影響を受けるステークホルダーと協力したという証拠も提出していない」としたうえで、「人権リスクが高い地域におけるマイクロソフトのクラウドデータセンター設置に関する影響を評価する報告書し、1年以内に同社のウェブサイト上で公開すること」を求めた。

世界を席巻したESG投資は踊り場、あるいは新たなフェーズに入ったとの声が根強い。しかし、国際情勢の不安定化や気候変動問題の影響、さらに人権問題の深刻化する地域で事業活動を行うケースなどから、ステークホルダーの声を聞くことは企業の事業リスクの低減にもつながる。企業と投資家の対話テーマとして、ESG投資の重要性は揺るがないだろう。