今年のノーベル物理学賞は量子力学の正しさを実証した3氏に贈られました。量子力学は1900年代前半に相対性理論と共に台頭し、結果は測定するまでわからないという確率論的な概念に基づいています。この点アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と否定的でしたが、今回の受賞はその疑いが晴らされる結果と言えます。
量子力学の性質は量子コンピュータや量子暗号などの土台にある考え方です。量子コンピュータは高速に大量のデータを分析できることで、よりリアルタイムにプロセスの最適化を可能としました。金融実務においても活用されており、カナダ中銀はマクロ経済モデルの推計や金融機関に対するストレステストへの応用に用いています。
物理の分野である量子力学と、経済学の分野においてポートフォリオやデリバティブ理論を研究する金融工学とは、確率に基づく点で考え方がとても似ています。量子力学を学んだ学生が金融業界でクオンツ(定量分析)と呼ばれる投資手法を発展させたこともあり、量子コンピュータが金融に応用されるのも自然な流れに感じます。
ところでクオンツ分析による運用手法は、投資信託等で我々もアクセスが可能です。コンピュータで大量のデータを処理し、利益率の高い銘柄は買い、などプログラムに基づいて投資判断を行います。
クオンツ運用は市場の非効率性を定量的に狙い、ときに非合理的な人間の判断を回避することも可能であり、ファンドマネージャーが調査に基づき投資判断を下す運用や、低コストで市場の値動きに連動するパッシブ運用とは異なる動きも期待できます。
一方で過去データに基づくために前例のない動きに対処しきれない、機械的判断による売りが売りを呼ぶ原因となる、など懸念点もあります。
ノーベル経済学賞を受賞した著名人らによって高度な金融工学理論を駆使した運用であったLTCM(米国のヘッジファンド:ロングターム・キャピタル・マネジメント)は、1990年代後半通貨危機の最中に破綻しました。2007年にはクオンツ危機と呼ばれる突如確率的には起こりえないマイナスリターンが連続したこともあるなど、クオンツ運用も失敗の歴史があります。
このように機械化された運用も決して完璧ではない点に注意が必要ですが、より瞬時・大量にデータ分析を行えるようになることが、新たな運用収益につながるよう大いに期待しつつ、またクオンツ運用の分析力向上のみならず、定性分析をサポートすることでアクティブファンドのパフォーマンス向上でも活躍を期待しています。技術進歩の恩恵には絶えず注目していきたいです。
なお量子技術は岸田政権の「新しい資本主義に向けた計画的な重点投資」における「科学技術・イノベーションへの重点的投資」において最初に紹介される取り組みであり、日本の競争力にも期待です。
日本に期待と言えば今はワールドカップ。確率論で勝率を示す数値であるオッズは圧倒的にドイツ優勢でしたが、それを覆す勝利でした。ここまでの趣旨では確率の精度向上に触れたいところですが、なによりも下馬評を覆すことで最高の瞬間になりましたね。がんばれ日本!