9月12日、AIソフト開発に強みを持つ東証グロースのエクサウィザーズ(4259)がストップ高をつけました。任天堂(7974)の創業家の資産管理会社であるYamauchi-No.10 Family Office(以下、ヤマウチオフィス)が同社株の株式取得を発表したため、今後の展開への期待が集まると同時に、同社の潜在力にも注目が集まったということでしょう。

任天堂中興の祖の意を継ぐ「ファミリーオフィス」

ヤマウチオフィスのウェブサイトを訪れると、任天堂のファミリーコンピュータを彷彿とさせるようなドット絵が現れ、なかなかユニークな形でヤマウチオフィスのステートメントなどが示されています。「挑戦と生きていく。」「先見性とユーザー目線の思考」「社会課題と向き合い、未来を良い方向へと動かすリーダーを発掘」などのメッセージからはさながら未来志向のスタートアップという印象を受けます。

4つの理念として任天堂の中興の祖である山内溥氏のレガシーである「独創性」「チャレンジ精神」「先見性」「ユーザー目線の思考」の継承というようなことが書かれており、テレビゲームで市場を開拓し、グローバルなエンターテインメント会社、むしろTVゲーム産業そのものを作り上げた山内氏の理念を継いでいこうという意図が強いようです。

同ウェブサイトにはヤマウチオフィスのメンバーも記載されており、ファミリーオフィスだけに創業家が入っているのは当たり前ですが、他のメンバーは日系・外資系の金融機関や金融メディアの出身者が並んでおり、投資会社の性格もよく表れていると言えそうです。

任天堂創業家vs.東洋建設、買収は膠着状態に

ヤマウチオフィスは任天堂の名前とその運用資産もあり、もともと存在感のあるファンドでしたが、マーケットで注目されたのは中堅建設会社である東洋建設(1890)の公開買付の際です。東洋建設はその他のアクティビストも投資するなど一定の注目を集めていた企業でした。その東洋建設に2022年3月に公開買付(TOB)を発表したのは同業のインフロニア・ホールディングス(5076)でした。インフロニアは前田建設工業と前田道路などが統合してできた企業です。同社の統合の際には前田道路がアクティビストのターゲットになっていたことも思い出されます。前田建設工業はもともと東洋建設株を保有しており、その買収に動いた形で東洋建設も賛同するなど友好的TOBでした。インフロニアの買付価格は770円でした。

●関連記事:アクティビストが狙う建設会社(4)前田道路の3つの重大発表(2020年4月10日)

そのインフロニアのTOBに立ちふさがったのがヤマウチオフィスです。TOBの発表後ヤマウチオフィスが出資するファンドなどが東洋建設株を買い進め、さらに同社株を1,000円で全株取得すると東洋建設に申し入れを行ったのです。ヤマウチオフィスの運用総額は1000億円を超えるとも言われ、その存在感がクローズアップされました。1,000円はインフロニアの買付価格を大きく超える金額で、市場価格も1,000円近くまで値上がりしました。東洋建設はインフロニアに買付価格の引き上げを求めましたが、インフロニアは買付条件を変更せず、インフロニアの公開買付は成立しませんでした。

ヤマウチオフィスは東洋建設が賛同するなど友好的な形であればTOBを実施するとしているものの、東洋建設は反対姿勢を強めており東洋建設の買収は膠着状態に陥っています。週刊東洋経済2022年9月10日号によればヤマウチオフィス関係者は「他のファンドのように売買ゲームをしたいわけではない」とし、経営方針・企業価値向上策(案)を送る一方、東洋建設、インフロニアは「ルールチェンジの方法論が語られていないし、戦略や戦術もない」「中身がない」などとしているとのことです。

【図表1】東洋建設の株価推移(1年チャート)
出所:マネックス証券

任天堂は花札など歴史ある京都の玩具会社から世界的な企業へと成長しました。ヤマウチオフィスも建設会社のような相対的に古い企業の変革を意図しているのかもしれません。一方で、先ほど書いた前田道路に限らず、建設会社というのは典型的なアクティビストの投資対象です。上記の東洋建設側の反応はこれまでの旧来型のアクティビストの投資先によく見られるようなものに思えます。その意味で、ヤマウチオフィスが旧来のような対話型ではないアクティビストと見られるのは分かるように思います。

エクサウィザーズ株式取得の背景

そのヤマウチオフィスの次の投資先としたのがエクサウィザーズです。AIを中心としたテクノロジーを強みとする、まさにイノベーティブな新興の企業です。東洋建設とは大きく性格が異なるように見えます。ヤマウチオフィスのプレスリリースでは具体的にいつどれだけ買付を行ったかの記載はなく、エクサウィザーズと友好的な関係のもと、建設的な対話を進めていくとしています。ヤマウチオフィスのプレスリリースでも同社は「日本における希少性の高いAIスタートアップ」とされており、ユニークな企業に映ります。今後ヤマウチオフィスとエクサウィザーズがどのような展開を見せるかは現時点では不明ですが興味深い動きです。

8月9日付の記事でも取り上げたように、世界的にグロース株に逆境が吹き荒れており、ウェブサービスを含めIT関連株は非常に売られています。ヤマウチオフィスがエクサウィザーズを投資先と選んだのも値ごろ感からかも知れません。実際、2021年末に上場したエクサウィザーズ株は公開価格が1,150円、初値は1,030円でしたが、その後、2022年8月には400円を割る水準まで売り込まれています。これは同社の評価とは直接関係がなさそうで、グロース株全般が同様の動きです。

【図表2】エクサウィザーズ株価推移(上場後)
出所:マネックス証券

例えば、継続性のある東証マザーズ指数とTOPIXの株価推移を比較すると、まさに2021年末以降、マザーズ指数の売られ方はすごいものがあります。

【図表3】TOPIX(赤)とマザーズ指数(青)の1年比較チャート
出所:マネックス証券

指数全体で35ポイント以上劣後しているので、個別株で見ると大きく評価を下げた企業は多く、東証グロース株には売り込まれている銘柄が多数あります。一方、上記のチャートを見ると6月頃から徐々に回復傾向も見られます。ヤマウチオフィスはこのような市場環境を背景に、実力のある企業としてエクサウィザーズに投資したと言えそうです。

同銘柄以外にもグロース株で興味深い銘柄はあるでしょうか。次回以降、改めて見ていきたいと思います。