円の総合力、実質実効レートを分析
米ドル高・円安が、1998年以来、約24年ぶりの水準まで達するなど、記録的な円安の動きとなっている。ではこれは、ウクライナ危機などを受けた日本の安全保障リスク、そして世界的なインフレ進行に伴う日本経済の脆弱性などが認識されたことによる、かつて経験したことのない「未体験の円安」が始まっているということなのか。
仮にそうであるなら、これまでの経験則とは一線を画した外貨シフトの判断が必要になるだろう。要するに、米ドル/円が24年ぶりの水準まで上昇していることが示すように、既に外貨「上がり過ぎ」の局面にあっても、さらなる外貨買いも正当化されるということになるだろう。
ただし、少なくともこれまでのところでは、そんな「未体験の円安」といった段階には達していないのではないか。それについて、日銀が発表している円の総合力を示す実質実効レートで確認してみよう。
既に公表された5月までの実質実効レートは、この間の安値更新が続いた(図表1参照)。この実質実効レートという指標は、2015年に黒田日銀総裁が円安幕引きの根拠として引用して注目されたが、その当時の水準も大きく下回っている。その意味では、「未体験の円安」と見えなくもない。
ただし、この実質実効レートを、過去5年の平均値である5年MA(移動平均線)かい離率で見ると、印象は大きく変わる。同かい離率は、1995年以降で見ても、マイナス20%以上に拡大したことが何度かあった(図表2参照)。その意味では、同かい離率のマイナス20%以上の拡大が、「未体験の円安」の1つの目安になりそうだ。ところが、5月時点の同かい離率はマイナス20%未満。以上のように、円の実質実効レートの5年MAかい離率で見ると、5月までの円安は、あくまでこれまでの経験内の円安であり、決して「未体験の円安」ということではなさそうだ。
5月の米ドル/円は、131円から126円まで米ドル安・円高に戻した。一方、6月は冒頭でも述べたように135円以上と24年ぶりの水準まで米ドル高・円安となった。その意味では、円の総合力を示す実質実効レートも一段と下落、つまり円安になった可能性が高いだろう。5年MAかい離率は、マイナス20%前後まで拡大した可能性がありそうだ。
同かい離率のマイナス20%は、経験的に円安の限界圏となってきた。そんな限界を超えて、同かい離率がマイナス20%以上に拡大したのは2014年10月、黒田日銀総裁による大胆な金融緩和第2弾、いわゆる「黒田バズーカ2」がきっかけとなった動きだった。
今回、この時の「黒田バズーカ2」の役割に相当しそうなのは米インフレ対策の利上げだろう。それを受けて、2015年以来の行き過ぎた円安拡大に向かうか、そうでなければ既に円安は循環的一巡を迎えつつあるようだ。
ウクライナ危機や世界的な約40年ぶりのインフレなどを経ても、少なくともこれまでの円安はあくまで、過去に経験した範囲内のものであり、「未体験の円安」が始まっているというほどではないだろう。