◆4月のとある土曜日、「広木杯ゴルフコンペ」を開催した。ビジネススクールの教え子たちが企画してくれたゴルフコンペで、数世代にわたるOB、OGたちが集まり、楽しい時間を過ごした。彼らと大学のキャンパスで共有した時間はわずかだが、その後も何年にもわたって交流が続いている。本当にありがたく、教員冥利に尽きると感じている。

◆僕が大学院で教えている科目名は「ROEマネジメント」という。前期に1コマ90分の講義を15週行う。「ROEについて、そんなに講義することがあるのか」と訝しがられることもある。確かに、ROEをデュポン分解して比較するケーススタディだけでは話はすぐに終わってしまうだろう。自社株買いや増配などの株主還元、資本コストの話にしても然りである。しかし、僕のROE講義は、通常のコーポレートファイナンスにありがちな内容だけにとどまらない。

◆「なぜ日本企業のROEは低いのか」という問いは、「なぜ日本企業の生産性が低いのか」とほぼ同義である、と授業で話す。ROEは資本のリターン、すなわち資本の生産性と捉えることができるからだ。ここから組織論や生産性、働き方の話に発展していく。そして最後は「ひと」に行きつく。株主資本の生産性から始める議論を人的資本の付加価値創造に着地させるのが僕の「ROEマネジメント」である。

◆世の中、急速に人的資本への注目が集まっている。オムロンは中期経営計画に「人的創造性」を高めるという異色の目標を掲げた。日経新聞は、日本の上場企業の多くはアベノミクス以降、株主にもたらす利益を最大化すべくROEを上げることに集中してきたが、風向きが変わりつつあると評している。

◆ここで重要なのは、「アベノミクス以降」というキーワードだ。ROEはアベノミクスの基本方針ともいうべき「日本再興戦略・改訂」で海外企業並みのROEを目指すと謳われた指標だ。官邸主導の経営目標だった感は否めない。そして今回もまた「人的資本投資」の大合唱だ。無論、岸田さんの「新しい資本主義」の1丁目1番地である。

◆つまりは日本企業の経営目標なるものは為政者の顔色を伺いながら簡単に変わり得るものなのだろう。オムロンの「人的創造性」にしたって実態はこれまでの「労働生産性」の言い換えに過ぎない。じゃあ、僕の講義名も変更しようか。「ROEマネジメント」改め「人的資本経営論」とでもするか。いやいや、そんな「看板の架け替え」なんて必要ない。これまでにも多くの優秀な人材=人的資本が集まる講義だったのだから。「広木杯ゴルフコンペ」に来てみれば、きっとあなたにもそれが分かるはずである。