福利厚生代行サービス首位のベネフィット・ワンは、2021年4〜9月期決算では売上高187.4億円(前年比9.1%増)、営業利益68.9億円(同54.7%増)とコロナ下でも絶好調だ。

出所:Strainer

利益を押し上げたのは、ヘルスケア分野。6月に立ち上げた新サービス、新型コロナワクチン接種支援代行の貢献が大きい 。この効果で同時期におけるヘルスケア事業の営業利益は26.7億円(同33倍)となった。

新型コロナワクチン接種に関係する特殊要因に見えるため、今後反動減になるようにも思える。しかしPBRは約42倍(9日時点)と、東証1部でもトップクラスの高さだ。株式市場の注目度は非常に高い。時価総額は約8,000億円にのぼる。

ベネフィット・ワン代表取締役社長の白石徳生氏は、「福利厚生のアウトソーシング会社だと思われているが、実際は会費制のサブスクモデル」と自社を説明する。 5月に、創業初の3ヵ年中期経営計画を発表。給与天引き決済事業により、 「今後はVISAやMastercardが競合になる」と白石氏は話す。

福利厚生の4000億円市場から、35兆円を超えるペイメント市場へ。ベネフィット・ワンが描く成長戦略を白石氏に聞いた。

会員制のサービスマッチング

ベネフィット・ワンは96年、パソナの社内ベンチャー第1号として生まれた。当時のコンセプトは「インターネットを使った会員制のサービスマッチング」だ。

販売手数料ではなく、会費で運営するために企業の「福利厚生」に目を付けて拡大。 会費制の福利厚生代行事業は、現在も同社の屋台骨だ。福利厚生パーソナル・CRM事業の営業利益は2021年4〜9月期決算で47.4億円となっている。

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ベネフィット・ワンは会費を収益の源泉としている。会員企業には会費(一人1000円~/月額)を課金し、サービス提供企業(加盟店)からは送客手数料は徴収しない。 会員企業は従業員に福利厚生サービス「ベネフィット・ステーション」を提供できる。

提供している「ベネワン・プラットフォーム」では、従業員の人事データや健康情報が一括管理できる。10月にはSmartHRともデータ連携を開始した。 サービス数は140万件。総会員数は863万人と業界シェア首位である。

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ただし、コロナ禍で新規会員獲得は伸び悩んだ。10月には業界3位だったJTBベネフィットを子会社化。これにより総会員は900万人となり、来年3月には1156万人に達する計画だ。

成長の鍵を握る「ヘルスケア」「ペイメント」

注目すべきは、5月に発表した、創業初の3ヵ年中期経営計画の中身だ。 収益構造を大きく見直し、2020年度に8%だったヘルスケア事業の割合を21%に、赤字だったペイメント事業を4%にまで成長させ、本業だった福利厚生事業の比率を60%に下げることを目標とした。

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今後のベネフィット・ワンの成長は、ヘルスケア事業とペイメント事業にかかっていると言ってよい。もう少し詳しく両事業の内容を解説しよう。

ベネフィット・ワンのヘルスケア事業は2008年に開始。健診サービスや特定保健指導等を行う企業として、2012年にベネフィットワン・ヘルスケアとして独立したが、2019年3月に再度本体に取り込んだ。

コロナ禍で従業員の健康管理サポートへの関心が高まり、2020年3月期通期決算でも営業利益は15.3億円、YoY35%増と大きく伸びた。 さらに、6月には新型コロナワクチンの職域接種代行をサービス化し、100団体のワクチン接種に当たった。これが功を奏し、2021年4〜9期のヘルスケア事業の営業利益は26.7億円(YoY3291%増)と、さらに勢いが加速した。 

同社は今後コロナワクチン接種が、インフルエンザワクチンのように年1回接種するようになると予測。「利益も出たが社会貢献にもなった。ワクチンビジネスは今後ストックモデル化して利益を上げる」(白石氏) 

給与天引き決済サービス『給トク払い』

ペイメント事業では、給与天引き決済サービス『給トク払い』を6月に開始。これは従業員側から見れば、ベネフィット・ステーションでの利用料金が給与から自動的に引き落とされるという仕組みである。

給トク払いを使うと、ベネフィット・ステーションの利用金額からさらに特典や割引を受けられる。 加盟店やベネフィット・ワンのコスト負担が増えそうに見えるが、むしろいずれも利益は増える。その仕組みを利用の流れから説明しよう。 

1:会員企業の従業員が「ベネフィット・ステーション」で『給トク払い』が適用されるサービスメニューを利用・契約する。 

2:加盟店から請求を受けた月ごとの利用料金をもとに、ベネフィット・ワンが給与控除データを作成し、会員企業に連携。会員企業は、そのデータに基づいて従業員の給与から利用料金を天引きする。 

3:天引きした金額を会員企業がベネフィット・ワンに送金。ベネフィット・ワンは、サービスメニュー提供企業に対して決済を行う。

通常、各種サービスをカード払いで支払った場合、決済時には決済代行をする企業やカード会社、金融機関を経由する。 決済代行企業やカード会社はVISAやMastercard等へのライセンスフィーも支払っており、それらの手数料が最終価格に反映される。

出所:ベネフィット・ワン

その中間マージンがかからない分、給トク払いでは加盟店が利用者に還元できるわけだ。 従来給与天引きとしては、財形貯蓄や生命保険などはなじみがあるが、仕組みとしてはそれと同じである。 

本格稼働する「BtoEビジネス」

ベネフィット・ワンが見ている未来は、「福利厚生のアウトソーシングのナンバーワン」ではない。真の野望は決済市場にある。

 「25年かかってようやく就業人口の10%である650万人の会員を得た。これからBtoE(Employee)ビジネスで、会員企業の従業員の家族も取り込んでいく。日本人1.3億人を総会員化し、決済市場を狙う」と白石氏は豪語する。 

決済ビジネスのヒントを得たのは5年程前のことだ。一つは、中国市場におけるAlipayの盛り上がりを聞いたことだ。このとき、電子マネーでの決済の重要性を認識した。 

もう一つが、GMOペイメントゲートウェイが決済市場で台頭したことだ。ECサイトがさまざまなカード会社と、それぞればらばらの料率で個別契約していたものが、GMOペイメントゲートウェイを通じることですべて同じ料率で利用できるようになった。

背景には「デジタル給与」をめぐる動き

では、なぜいま「給トク払い」を立ち上げたのか。その背景には「デジタル給与」の解禁の動きがある。 

海外では企業が銀行の口座ではなく決済・出金できるペイロールカードを利用することも多い。日本では資金移動業者として登録する代表企業はPayPayやLINE Payだ。ベネフィット・ワンの給トク払いは、実質的にはペイロールカードの役割を果たしている。 

たとえば1万人の社員がいる企業が、給与天引きで保険会社や携帯キャリア 等への支払いを行う際、A社、B社、C社…と事業社ごとに振込手数料が都度かかる。 これを、給トク払いの仕組みを使って、ベネフィット・ワンに ワン・トランザクションできれば大きくコストダウンできる。

出所:ベネフィット・ワン

ベネフィット・ワンは従業員の給与から加盟店に「給トク払い」する。残りは電子マネーとして使用しても、現金として引き出してもよい。ベネフィット・ワンの中に給与が貯まる仕組みになれば、加盟店は広告宣伝費を値下げの原資に充てるようになる――そんな未来図を描いているわけである。

「個人の流通総額の半分くらいは給与天引きになるのではないか」というのが白石氏の公算だ。 PayPay等の事業者にも同様のことはできる。ただ、ベネフィット・ワンの場合、福利厚生サービスを通じて企業との口座がすでに開いていることがアドバンテージだ。それを武器に、デジタル給与の決済市場獲得を目指そうというわけである。

金融のプラットフォーマーへ 

「日本の同じ市場に目をつけているのはPayPalだ」と白石氏は指摘する。

9月、PayPalは日本のBNPLサービスプラットフォーム・Paidyを3000億円で買収した。 8月にはSquareがBaaSの豪Afterpayを290億ドルで買収しており、決済にまつわるスタートアップのM&Aが世界的に起こっている。

ベネフィット・ワンが抱く危機感は大きい。白石氏によると、海外には同社のコピー企業がすでに40社近く存在しているという。「それらは時価総額200億円から500億円程度となっている。彼らはじきに1000億円規模に成長して、GAFAなどにキャッシュアウトするだろう。我々も負けられない」(白石氏)

勝算はある。JTBベネフィットの買収で福利厚生代行サービスとして圧倒的トップに立つこと、そして日本における決済事業での成功を実現することだ。 今後決済事業で利益を出すことができれば、たとえば福利厚生事業で会費単価を引き下げ、さらに会員企業を呼び込むこともできるだろう。シェアが高まれば、魅力的な加盟店も増加する。

2021年4〜9月期決算でペイメント事業はまだ4000万円の営業赤字だ。通期でも1億円の赤字を見込む。3ヵ年計画では、「ベネワン・プラットフォーム」でHRDXのデータ活用基盤No.1を目標とすると同時に、プラットフォーム内での自社決済によるマネタイズを目指す。

2023年通期においてはこの事業で11.4億円の営業利益を上げるという。 5年後のベネフィット・ワンの姿は「完全に金融のプラットフォーマーになっているだろう」と白石氏は豪語する。

会員企業と加盟店にとっては利益がある。あとは利用者となる従業員側にとっても魅力ある価格やサービスを提示できるかが、今後の焦点になるだろう。