ドイツでは9月26日に4年に1度の連邦議会選挙(総選挙)が実施される。4期16年にわたって連邦首相を務めたアンゲラ・メルケル首相はすでに退任が決まっており、同氏は現職で立候補しない戦後初めての首相となる。

ドイツの選挙制度

ドイツは日本と同じ議院内閣制を採用しており、選挙における第一党の党首が首相として組閣するのが通例だ。

選挙制度は小選挙区制と比例代表制の併用だが、議席の割り当てはやや複雑で、獲得議席が政党間で偏りづらい仕組みとなっている。単一政党が議会の過半を掌握したのは終戦直後の1度だけで、歴史的に内閣の形成は複数政党による連立が前提となっている。 

同様の制度を採る他の欧州諸国では、連立協議の不調で再選挙を余儀なくされるなど、長期の政治的空白がしばしば起こる。しかしドイツでは連立形成が最後までできない事態はあまり想定されていない。過去の総選挙後も何らかの形で連立は成立しており、現在の政府はメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(以下CDU/CSU)と最大野党の社会民主党(以下SPD)が組む大連立だ。

日本で言えば自民党と立憲民主党が共同で政権運営するような現体制は、前々回2013年の総選挙以来8年に及んでいる。

総選挙の見通し

前回2017年の総選挙では伝統的2大政党、CDU/CSU(中道右派)、SPD(中道左派)の退潮が目立った。同時期の欧州での国政選挙で共通していたのは、大政党が左右に関わらずより中道色を濃くし、独自性を打ち出せず苦戦したことだ。結果、各国でポピュリズム政党が台頭し、ドイツでは戦後初めて極右政党が議席を獲得した。

ただし、今回の選挙では前回の選挙で勢いを見せた極右、極左勢力は低迷している。選挙戦はCDU/CSU、SPDに加え、ここ数年勢力を伸ばしてきた同盟90/緑の党(以下Greens)の争いになると見られている。

第一党候補がほぼ3党に絞られたとは言え、ここまでの調査を見る限り情勢は極めて流動的だ。一時最大の支持を得ていたGreensが早々に失速、また足もとではCDU/CSUの支持が急低下しSPDがトップに立っている。

CDU/CSUはアルミン・ラシェット党首の被災地における行動が、Greensはアンナレーナ・ベアボック党首のスキャンダルが影響したとも言われるが、長年CDU/CSUの連立パートナーだったSPDのオラフ・ショルツ党首代行がメルケル路線を踏襲すると訴えたことがCDU/CSU支持層を含む有権者の安心感につながっているという皮肉な構図もある。

今回はすでに郵便投票を終えた有権者が多数で、残りの選挙キャンペーンでの巻き返しが困難との観測もあり、これまでのところSPD優位は変わらない。それでも今回選挙が過去に例を見ないボラタイルなものとの評価は依然強く、得票率と議席数の相関性が必ずしも高くない制度のもとで選挙結果を見通すリスクは高い。

加えて、選挙結果が出た後には連立組成というプロセスが控えている。どの政党が主導し、いくつの政党を巻き込んで連立を構成するかなど多数のパターンが想定され、新たな政体の予測はさらに困難だ。連立パートナーが互いの妥協のもと政策を方向付けていくのがドイツの旧来の政権運営スタイルだという点には留意が必要になる。

【図表】ドイツの政党支持率推移
出所:Forsaより丸紅経済研究所作成
※2021年9月7日まで

メルケル氏の残したものとEUの今後

メルケル氏の長期政権を支えた要因の1つが任期中の経済パフォーマンスだったことは間違いない。ドイツの2005年から2020年までの国民1人当たり所得(物価調整後)は15%増加、失業率も10%超から4%台前半に低下と、ユーロ圏中核国の中では群を抜いている。財政を大きく傷付けずにこれらのことが達成された点は保守的な有権者の信頼感を醸成するのに十分だっただろう。

一方、ドイツ有力紙「Der Spiegel」は、メルケル氏のレガシーを脅威への対応という形で整理している(※1)。それによると同氏は持ち前の知性を武器にこれら脅威に対処してきたが、危機を一段の変革に繋げることには必ずしも成功しなかったようだ。自ら掲げた方針をしばしば転換させ、長期的に解決困難な課題からは距離をとる傾向もあったという。欧州連合(EU)の結束を唱えながらも、欧州のリーダーとしては十分に振舞えなかったとの評価もある。

私はユーロ圏債務危機を現地で観察する機会を得たが、当初から債務問題の根源が共通の金融政策と各国独立の財政政策とのミスマッチにあると認識していた。しかしユーロ圏から最大の恩恵を受けていたはずのドイツが積極的に債務国の救済に乗り出すことはなかった。

その後、フランスではエマニュエル・マクロン大統領が誕生、同氏がEU改革を提唱しメルケル氏が同調を示した際には、財政統合を視野に入れた真のEU改革はおそらく両氏のリーダーシップのもとでしか叶わないだろうと思ったものだ。果たしてメルケル氏の後継首相はEUの強靭性を高める方向性を打ち出せるのか。注目である。


(※1)ここで挙げられているメルケル氏が任期中に直面した脅威は、(1)世界金融危機(2)ユーロ圏債務危機(3)プーチン・ロシア大統領(4)難民危機(5)トランプ米大統領(6)気候変動(7)パンデミックの7つ。


コラム執筆:田川真一/丸紅株式会社 経済研究所 副所長