イランに保守強硬派の政権が誕生

8月5日、反米保守強硬派とされるエブラヒム・ライシ師が、イランの第8代大統領に就任した。新政権の舵取りで最も注目されるのは、イラン核開発問題の解決に向けた合意である包括的共同作業計画(JCPOA)(※1)の行方だ。

米国のトランプ前政権は2018年にJCPOAを離脱し、イランに「最大限の圧力」をかけるべく制裁を再開、強化した。米国の制裁を受けたイランも、JCPOAの約束以上にウラン濃縮度を高めるなど対抗姿勢を強め、両国の対立が激化することとなった。その後、米国のバイデン政権は、JCPOAの復活に向けて4月からイランと間接協議を続け、JCPOA推進の立役者であるハッサン・ロウハニ前大統領の任期中の合意形成を模索したが、実現できていない。

ライシ新大統領もJCPOAに留まる立場を表明している。しかし、合意に向けた米国との交渉では前政権よりも強硬な路線を取る方針とみられており、交渉は難航する可能性が高まっている。

【図表】米国を中心としたイランに関連する出来事
出所:各種資料を参考に丸紅研究所作成

イラン新政権の至上命題は経済の再生

ライシ新政権の最大のミッションは、イラン経済の再生だ。イランは米国の経済制裁とコロナ禍の長期化の二重苦で、経済が疲弊している。IMF(国際通貨基金)によると、イランは2018年から2年連続で前年比6%超のマイナス成長を記録。2020年には若干のプラスに転じたものの、米国の制裁に起因する厳しい財政状況を背景にインフレが加速するなど、足元の経済は極めて厳しい状況にある。
新政権は、国民の不満を抑え、イラン・イスラム体制を維持し、選挙で掲げた「強いイラン」を実現させるためにも、前政権がなしえなかった米国の対イラン制裁解除を、形だけでなく実効性を伴う形で実現する必要がある。

米国はトランプ前政権が離脱したJCPOAへの復帰を模索

一方の米国は、イランの核開発を止めることが最大の命題だ。2015年に当時のオバマ政権がイランと合意したJCPOAはそれを実現させるためのものであり、バイデン米政権はJCPOAを復活させたい意向だ。

しかし、ライシ新大統領は、人権侵害関与などを理由に 2019 年に米国から制裁対象に指定されている人物であり、人権擁護を重視するバイデン米政権としては、前政権よりも最初から交渉のハードルが高い。また、米国ではイスラエルを支持し、イランを敵視するイスラエル・ロビーが献金などを通じて議員に与える影響が大きいとみられる。

パレスチナのハマスやヒズボラ、イエメンのフーシ派などイスラエルと対立するテロ組織の支援にイラン政府が関与しているとされる中、JCPOA復帰の条件として、核開発だけでなく、イランから米国が重視する人権侵害や、テロ組織支援に対する譲歩を引き出さない限り、議会などの強い反発を招く可能性が高いと言える。

両者とも譲れず膠着、中東地政学リスクは高止まり

イラン、米国の両政権とも、JCPOAの復活は望むところだろう。しかし、そのための条件は、お互いの国内事情から、譲ることが極めて難しい状況だ。加えて、イランが同じく米国と対立を深める国々と関係を深めていることも、交渉を難しくする可能性がある。

中国とイランは2021年3月、今後25年間にわたり経済、安全保障などの分野で協力関係を強化する包括合意に署名した。また、ロシアとは石油ターミナルや鉄道の建設で協力関係にある他、6月にはロシアが高度な衛星システムをイランに引き渡すことで合意するなど(※2)、ロシアとイランも関係強化が進んでいる模様だ。

イランで反米とされる政権が誕生したことが、JCPOA復活交渉決裂に直結する訳ではない。しかし、両者とも、より有利な条件で交渉を成立させることが今まで以上に必要である上、周辺環境を含めて交渉のハードルは上がっている。JCPOAをめぐる両者の協議は続くものの、合意に至るのは難しく、しばらく平行線をたどる可能性が高そうだ。


(※1)イラン核合意と包括的共同作業計画(JCPOA)については、2015年9月15日のコラムを参照。
(※2)2021年6月10日、米ワシントン・ポスト紙が、ロシアが中東全域の潜在的な軍事目標を追跡することを可能にする高度な衛星“Kanopus-V”をイランに提供する準備をしていると報道。

 

コラム執筆:村井美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所