2015年7月14日、イランと米国を始めとする6ヵ国(米、英、仏、露、中、独)との間で、核開発問題の解決に向けた合意が成立しました。この合意は、核拡散防止というだけではなく、1979年のイラン革命以降、対立関係にあった米国とイランが、対話によって合意に至ったという点においても、極めて歴史的な出来事と言えます。
合意内容は、イランが今後15年にわたる核開発能力の制限と大幅に強化された査察を受け入れる一方、国連と欧米は制裁を段階的に解除するというものです。イランは合意により核兵器1個分のウラン濃縮に必要な期間が、それまでの2-3ヶ月から1年以上に延びるものの、一定のウラン濃縮を認められ、核施設の温存が可能です。ただし、イランの合意不履行が発覚した場合、6ヵ国側は65日の猶予をもって制裁を復活させることができるという、スナップバック条項が盛り込まれています。合意は、イラン側、6ヵ国側双方の、ぎりぎりの譲歩の賜物です。
この合意の国際社会への影響は、多方面に及びます。中でも、中東の過激派組織「イスラム国」(IS)掃討でイランと米国の協力が可能となる点は、大きく評価されています。また、原油価格に対する下落圧力も注目されています。経済制裁解除に伴い、イランの原油生産および輸出の拡大が見込まれるためです。イランの原油生産量は日量290万バレル程度ですが、日量60万バレル程度の増産が可能という見方がされています。また、現在イランには3~4千万バレル規模の洋上在庫があると言われます。原油の増産には時間が必要ですが、イラン沖のタンカーに積まれている洋上在庫は、輸出が可能になればすぐに市場に供給できる状態に置かれています。
中東関係についてみると、米国とイランとの関係改善はサウジ、イスラエルなど従来の同盟国を基軸としてきた米国の政策転換につながる可能性が指摘されています。サウジ、イスラエルといった同盟国はイランと敵対した関係にありますので、中東内部の関係以上に、米国と同盟国との関係が、今後の中東情勢を見る鍵になるかもしれません。
そして、足元で最も加熱しているのが、経済面の動きです。制裁解除に伴うイランの市場開放への期待から、各国がイランとの経済関係強化に向けた取り組みを活発化させています。各国のイランとの関係強化の動きは以前から存在していましたが、7月の核合意後はその動きが加速しています。そして、2015年9月に入り、ついにはオーストリアのフィッシャー大統領のイラン訪問が報じられました。西側諸国トップのイラン訪問は実に10年以上ぶりとされます。イランは天然ガスで世界一、石油は世界第4位の埋蔵量をもつ世界屈指のエネルギー大国です。また、約7800万人の人口を有し、消費市場としての期待も大きいとされます。さらに、経済制裁によって停止している多くの事業には、外資参画の大きな機会が眠っています。制裁解除後のイランは、各国にとって、極めて魅力的な市場です。分野としては、欧米の大手企業は、イランのエネルギー、航空機、自動車などに特に注目しているとされ、イラン側も外国からの投資や技術移転を期待していると報じられています。
今後、イランは2015年10月15日までにIAEAと合意した内容を全面履行し、制裁は、IAEAがイランの合意履行を確認した後に、段階的に解除される見込みです。制裁には国連安保理決議によるもの以外に、米国とEU各々による制裁があります。このうち、米国については、合意の議会承認が得られるかどうかが危ぶまれていましたが、今月に入り、たとえ議会が不承認であっても、大統領の拒否権を用いて合意を履行できることがほぼ確実になりました。制裁解除の時期は、来年になるとの見方が有力ですが、米国を含めて、一部は今年中にも解除される可能性が見えてきました。
日本は8月に経済産業省の山際大志郎副大臣がイランを訪問、また、9月に入り外務省がイランとの投資協定の締結交渉を開始しました。協定締結にはまだ相当の時間がかかると見られますが、まずは一歩を踏み出した形です。イランが確実に合意を履行できるか、米国が国内外の反対派を完全に押さえて制裁を解除できるかなど、まだ不透明です。しかし、世界は確実に対イラン制裁解除後の世界に向けて、歩みを進めているようです。
コラム執筆:村井 美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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