好ロケーション、アッパーイーストのランドロマット

今からかれこれ20年以上前のことです。私はニューヨークでランドロマット(laundromat)と呼ばれる、簡易クリーニング屋とコインランドリーを合わせたようなお店の経営をしたことがあります。

正確に言いますと、アイリという私の家族の長年の親友の女性がマンハッタンに住んでおり、彼女からランドロマットの売り物件があるので一緒に投資をしないかという誘いから始まりました。店舗の運営や、毎日の売上の銀行への入金等はスタッフがやってくれるので、自分たちは基本的にその入金を確認するだけでいいという話だったのです。

ハーモニー・ランドロマットと名付けられたその店への「投資」の話は、1週間もしないうちに実は「事業の経営」であることが少しずつ分かってきたのです。このランドロマットは、マンハッタンのアッパーイーストにあり、マンションやレストランも多い地区でロケーション的には好立地でした。お店の広さは約93平米で、中には10台の業務用洗濯機に、8台の乾燥機、カウンター、コカコーラの自動販売機に両替機が置いてあります。洗濯に必要な洗剤はカウンターでスタッフが販売します。

お客さんと収支状況

お客さんは周辺に住む独身の人達がほとんどで、売り上げの半分はセルフサービスからのものです。忙しいニューヨーカー向けには、大袋に入れた洗濯物を預かり、スタッフが洗濯し、畳んで返却するというサービスも行っており、このサービスが売り上げの残りの半分を占めました。こちらは一回最低3.5ドル(約385円)でした。

洗濯機、乾燥機を一回使うとそれぞれ約1.75 ドル(当時の為替で約193円)、25セント硬貨を7枚入れなければなりません。今でしたらスマホアプリで、現金を介さなくとも良いのでしょうが、当時はまだスマホもないアナログの時代でした。プリペイドカードは存在していたのですが、初期投資の金額があまりにも高いので、当面様子を見ることにしました。

月間の売り上げはというと月に1.5万ドルから2万ドル(約165万円から220万円)程。家賃は当初4,000ドル(約44万円)でしたが、毎年値上げされました。その売り上げから家賃、人件費、洗剤、水道代などの光熱費を払うと、月によっては赤字になる月もありました。アイリとよく「売り手から聞いていた話と収支が違うなあ」という話になりましたが、まあ、そう言うのもよくある話だと言うことも知りました。

小さな多国籍企業の組織運営

従業員はというと、皆移民で国籍はインドネシアもいれば、グアテマラ、メキシコなど中南米出身と、ある意味小さな多国籍企業でした。当時の時給は最低賃金の6ドルでした。ただ、アメリカはチップの国ですから、15ドル分の洗濯代で20ドル紙幣を渡され、お釣りは要らないよと言うお客さんも少なくなく、レストランのウェイターやウェイトレスほどの金額ではないものの、そのチップはスタッフの貴重な収入の一部となっていました。また、アイリはクリスマスの季節には、スタッフ1人当たり500ドルのボーナスを払っていました。

100%現金商売ですので、そうすると、たまに収支が合わないことがあるのです。また、洗濯用の洗剤が急に減ったりすることもよくありました。これらは特定の店員による所業で、結局そのスタッフを解雇せざるをえないこともありました。また、スタッフ同士の悪口も結構あったようです。アイリに現場で何が大変だったかと聞くと、スタッフのマネジメントであったと言います。大きな組織であろうが、小さな組織であろうが、どこの国であっても「人」のことが一番大変なのですね。

 いろいろあった...ランドロマット事件簿

では、お客さんの方は悪い人がいないかというとちゃんといました。アプリで決済ができる今と違い、クレジットカード社会と言われるアメリカでも、当時はまだ現金や小切手が多く使われていましが、この業界では原則現金だけという時代でした。閉店間近のことです。100ドル以上のクリーニング代の支払いに、『現金がなくどうしても小切手を使いたい』という男性客が現れました。仕方がなく、例外として小切手を受け取り、翌朝銀行に行きその小切手の現金化を依頼したのですが、その男性の銀行がカリフォルニアにあるので、現金化するのに1週間かかると言われたのです。1週間後銀行からの連絡では、なんとその男性の銀行口座は一年前に閉じられており、小切手は不渡りとなり我々がペナルティで50ドルを払わされる羽目になりました。

この事業を初めて数年経ってからのこと、アイリから緊急連絡がありました。どうしてもできるだけ早くニューヨークへきて欲しいというのです。ちょうど本業で長い休みも取っていなかったので、翌週休暇を取ってニューヨークへ行くことにしました。お店でボヤが起きたのです。我々が一番恐れていた事件です。

ボヤですんだので不幸中の幸だったのですが、火が出た時には、消防車が8台で消火活動に当たっていたそうです。この事件で、洗濯機などの機械は全部使い物にならなくなりました。ニューヨーク入りした私とアイリは、翌週二人で中古の業務用洗濯機を探して回ったのです。洗濯機が見つかっても、配達と設置が必要です。タイムリーに配達してくれる業者がなかなか見つかりません。お店を再開するのに2ヶ月かかってしまいました。

強盗に入られたこともあります。10年間で2回。レジからお金が取られ、一度は男性のスタッフが殴られ緊急病院へ運ばれるという事態になったこともありました。1時間の応急処置で自宅へ帰ったそうです。

アイリとハッチの起業家精神の醸成は?

ハーモニー・ランドロマットをオープンしてから10年後のことです、私たちはこの事業から撤退する判断を下しました。幸い損をすることもなく、このハーモニー・ランドロマットのお店で起きた日々の事件から、移民の国アメリカの人間模様の一部を垣間見ることができました。先週、このコラムを書くにあたりビジネスパートナーだったアイリと当時の事実の確認をしたときにこう聞いてみました。「もし、機会があれば、もう一度やってみたいか?」と。

彼女は決して懲りてはおらず、『次回やるとしたら一店舗だけでなく、複数の店舗展開を行いたい』と言いました。彼女は前向きです。やっぱり起業家精神があると思いました。

私ですか? メインストリートでなく、ウォール街というアメリカ株の世界に長年どっぷり浸かってきた私は、有望な銘柄を買って保有するだけで、年に4回黙っていても配当金が入ってくる米国株の投資って、本当にお手軽で楽で、素晴らしいなと思った次第です。