膨らむ米国の債務上限
米国の政府債務残高の上限を一時停止する措置が7月末に期限を迎える。議会が何かしらの対応をしなければ、最悪の場合、8月中にも米国がデフォルトに陥るリスクがあるとイエレン米財務長官は警告している。
2011年には債務上限に関する与野党間の交渉がもつれた結果、米国債の格下げにつながった。今回も同様の事態となれば、コロナ禍からようやく立ち直り始めた米国経済が再び大混乱に陥る可能性がある。
米国政府が発行できる国債残高は、第一次世界大戦中の1917年に制定された第2次自由国債法により、上限が決められることになった。それまで、国債発行を行うには議会承認を得る必要があったが、債務上限が設けられたことで米財務省はその範囲内であれば国債を自由に発行できるようになり、政府の資金調達に柔軟性が生まれた。
その後も債務上限は定期的に引き上げられてきたが、近年では期限が到来するたびに財政の在るべき姿に関する論争が巻き起こり、手続きが難航する場面が増えた。
足もとの米連邦政府の債務残高は急速に増加している。2020年はコロナ禍に対応するための大型経済対策が相次いだ結果、政府債務の総額は国内総生産(GDP)を上回った。それでもバイデン米政権は財政支出の拡大に慎重な姿勢は全く見せておらず、大規模なインフラ投資や介護・子育て支援などの社会福祉の拡充に取り組む考えである。
対する共和党は財政規律が失われていることを問題視しており、債務上限問題で民主党に協力するのと引き換えに、将来の歳出抑制に向けた何らかの譲歩を求めるとみられる。
財政問題の裏には政治的な計算も
前回、債務上限停止措置が期限を迎えたのはトランプ米政権下の2019年だった。当時のムニューシン米財務長官と民主党のペロシ米下院議長が交渉した結果、2年間の債務上限の停止と歳出の一部積み増しに合意し、法案は上院では29の共和党議員を含む賛成67対反対28の超党派で可決された。即ち、政府の肥大化を批判する共和党の主張は必ずしも一貫したものではない。
更に、当時の民主党議員の投票を振り返ると、米大統領選に名乗りを挙げていたハリス現米副大統領、サンダース議員、ウォーレン議員ら主要候補は、この法案への投票を棄権している。今回は民主党政権の誕生で立場が入れ替わった形だが、今度は共和党議員が債務上限の引き上げに断固反対する一方、民主党はこぞってその必要性を主張している。
2年前に比べ、変わったのは政権だけではない。左派・右派を問わず、確実にポピュリズムが広がっており、経済分野において政府がより大きな役割を果たすことが受け入れられつつある。
一方、この1年の財政赤字の急拡大により、米国の財政問題が再び注目を集める可能性もある。民主党、共和党とも2022年の中間選挙を見据え、どちらのメッセージが有権者により響くのかを見極めた上で、債務上限交渉にあたるものとみられる。
即ち、財政の問題はイデオロギーの問題だけではなく、政治的な計算が複雑に絡み合うからこそ、妥協点が見出しにくい。また、債務上限問題は2022年度予算をはじめ、歳出関連法案とも深く関係する。
バイデン米政権にとっては頭の痛い問題だが、ここをうまく乗り切らなければ、せっかく超党派グループと枠組み合意に至ったインフラ投資などの実現も危ぶまれることになる点には注意が必要であろう。
コラム執筆:井上 祐介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所