短期投資家の側面も持つバフェット、第3四半期はどんな投資を行ったのか?
「バリュー投資の父」と呼ばれる経済学者のベンジャミン・グレアムは、ウォーレン・バフェットが「師をはるかに超越した存在」とする人物である。そのグレアムからコロンビア大学で教えを受けたバフェットは師に倣い、一般的には割安株を長期に保有する「バリュー投資家」であると考えられている。
そのウォーレン・バフェット率いる投資会社バークシャー・ハザウェイの2020年9月末の株式保有状況が明らかになった。バークシャーが米証券取引委員会(SEC)に提出した書類(Form13F)によると、9月末までにファイザー(PFE)やメルク(MRK)といったヘルスケア株を新たに購入した一方、会員制卸売り大手コストコ(COST)を全て売却した他、ウェルズ・ファーゴ(WFC)やアップル(AAPL)の保有を減らしていたことが分かった。
今回とりわけ注目されているのは57億ドルを投じて、アッヴィ(ABBV)2130万株、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMY)3000万株、メルク2240万株、ファイザー370万株をポートフォリオに追加したことであろう。バークシャーはすでに、製薬会社のバイオジェン(BIIB)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)、テバ・ファーマシューティカルズ(TEVA)などヘルスケア株を保有していたが、4社の新規追加により、第3四半期のバークシャーのヘルスケア株への投資規模は2倍以上に拡大し、合計で93億ドルとなった。
冒頭の一般的なイメージとは異なり、バフェットは保有銘柄の入れ替えを頻繁に行っている。4月にはデルタ航空(DAL)など保有する全ての航空会社株を売却した。また、2020年9月末までの3ヶ月間に、ウェルズ・ファーゴ、JPモルガン(JPM)、PNCフィナンシャル(PNC)など、複数の銀行の株式を売却した。バークシャーは、かつてウェルズ・ファーゴの最大株主の一人で、約10%を保有していたが、現在は持ち分を減らし、わずか3.1%しか保有していない。一方、この四半期中にバンク・オブ・アメリカ(BAC)の保有株を増やし、保有比率は約12%となった。
今回の13Fから見える9月末時点までのバークシャーによる投資のポイントをまとめると次の通りである。
・保有する株式の時価総額は約2289億ドル
・バンク・オブ・アメリカ株を追加購入、8500万株の増加となり、保有比率は約12%
・一方、ウェルズ・ファーゴ株を46%減、PNCフィナンシャルを64%減、JPMの売却など、バンカメ以外の銀行株の売却を加速させた
・アップル株のポジションは3600万株削減
・Tモバイル(TMUS)の株式を240万株保有
・バリック・ゴールドの保有株を42%減らし1200万株まで落とした
日経新聞の記事「バフェット氏の運用詳解 「短気」投資家で失敗も多く」(2020年6月3日)は、2020年3月末時点のForm13Fが公開された後に出された記事である。それによると、バフェット氏はバリュー投資家としてのイメージとは裏腹に、実際には買った銘柄の3分の2を5年以内に売却するなど、「短気」投資家の側面もあると指摘されている。
ここで指摘したいのは、バークシャーは長期投資家のイメージがあるが、想定よりも2、3年単位の短期保有の銘柄が多い傾向があることだ。報告書への掲載回数で保有期間が推定できるが、1回しか掲載されない、つまり最長でも半年しか保有しなかった銘柄が24を数えている。このほか6ヶ月~1年が16銘柄、1~2年が20銘柄、2~3年が19銘柄という具合に、全体の3分の2に当たる110銘柄は買ってから5年もたたずに売却していた。
20年以上の長期保有はウェルズ・ファーゴ、コカ・コーラ、アメリカン・エキスプレスの3銘柄だけだ。これらの継続保有銘柄は、取得コストが低く、今日までの実現益・評価益は大きい。
長期保有銘柄は少ないだけでなく、運用上の重要度も低下している。株式の純資産(現金部分などは除く)に占める長期保有5銘柄の割合は、2005年9月末まで80%前後に達していた。しかし、2006年9月末に70%、2007年12月末に60%、2015年9月末に50%、2016年9月末に40%、2018年9月末に30%を割り、直近の2020年3月末には26.1%を占めるにすぎない。
一方で集中投資は相変わらずだ。上位10銘柄への資金集中度(時価ベース)をみると、80%前後(直近は84.2%)に達し、極め付きのアクティブ運用の姿をしている。
自社株への投資が主要な投資
バークシャーの7-9月期の決算は、売上高が630億2400万ドル(前年同期比3%減)、純利益は前年同期比82%増の301億3700ドルと、減収だったものの大幅増益となった。前の四半期(4-6月期)に続き、保有するアップルの値上がりが最終損益を押し上げた。保有する株式の評価損益が反映されるため、最終損益は変動が大きくなる。ちなみに、今年第2四半期の純利益は263億ドルだったが、第1四半期は500億ドル近い純損失だった。
バークシャーは第3四半期に93億ドルに上る自社株買いも実施。2020年9月までの9ヶ月間の自社株買いは総額160億ドルに達した。一方、2020年9月末時点のキャッシュポジションは1457億ドル、過去最高となった第2四半期末時点(1466億ドル)に比べるとわずかに減少したものの、引き続き高水準である。
これまでバフェットの投資の基本とされていた「割安株を長期で保有する、業態のわからない企業には投資しない」などは、もはや過去のものとなっており、世代交代とともにバークシャーの投資セオリーに変化が見られつつある。ここまでは、Form13Fからのポイントを確認した。続いては、11月22日に発表されたバークシャーの7-9月期の決算発表資料を見ていこう。
今回のForm13Fでも明らかになったように、新たにヘルスケア株への20億ドル近い投資や日本の商社への60億ドルの投資を行っているものの、バークシャー全体のポートフォリオから見ればそれらは微々たるものである。バークシャーは企業としてかなり巨大化しているため、ボトムラインに大きな影響を与えるためには買収も巨大でなければならない。バフェットは細かい売り買いを続けているが、彼がやりたいと思っている大きな案件、つまり象のような規模の案件は、今日の市場で手に入れるのは難しいのかもしれない。
インベストピアの記事「What Buffett's Berkshire Buyback Says About the Market(バフェットのバークシャー・バイバックが市場について語ること)」によると、2020年にバークシャーの自社株買いが加速していることについて、株主の整理を始めているのではないかとの指摘があった。
バフェットとマンガーは、最終的な後継者を指名する前に、あまり忠誠心のない株主が保有する株数を意図的に減らしているのではないかという見立てである。バフェット90歳、永年のビジネスパートナーであるマンガーは96歳だ。バフェットもマンガーも最期までバークシャーを出て行くことはないかもしれないが、その日は必ずいつかやってくる。バフェットは継承に先立ってバークシャーに忠誠心のない投資家に保有株を精算する機会を与えているのではないかと。
これはあくまで推測に過ぎない。しかし、9月までのバークシャーの最大の投資は自社株への投資だった。ところが、バークシャーは公表されている以外に新たな投資を行っており、それが近々明らかになるかもしれない。続いてそれを確認してみよう。
バフェットによるビッグな投資が近々明らかになる!?
今回提出されたForm13Fに次のような記述がされていた。
コンフィデンシャルな情報は公開されたフォーム13Fレポートから省略され、別途、米証券取引委員会に提出された
今回提出されたForm13Fで明らかになっていないコンフィデンシャルな投資を行っていると言うのである。過去にもバークシャーは2011年のIBM(IBM)への投資や2015年のフィリップス66(PSX)などへの投資をコンフィデンシャル扱いにしていたことがあり、今回も公開企業に対する大きな投資を行っているのではないかとの思惑が浮上している。
実際、バークシャーの2011年第1四半期および第2四半期のForm13Fにおいて同様の記載があり、その年の11月、バークシャーがIBMを買収していたことが明らかになった。3月から9月にかけて、100億ドル以上に及ぶ投資を行っていた。また、2015年第2四半期のForm13Fにもこの文言は登場し、数週間後の修正Form13Fの提出によって、フィリップス66の株式25億ドルを保有していたことを明らかにした。
ビジネスインサイダーの記事「Warren Buffett is buying a secret stock that could be revealed within weeks(ウォーレン・バフェットが買う秘密の銘柄、それは数週間以内に明らかになるだろう)」によると、バークシャーをカバーするエドワード・ジョーンズのアナリストが「バークシャーは公開企業で大きなポジションを築いており、彼らは公開する前にそれを続けたいと考えているのではないかと見ている」と語ったと言う。
そのアナリストによると、2020年9月末時点の株式ポートフォリオはクラフトハインツを除いて2450億ドルだとしているが、バークシャーが提出したForm13Fには2200億ドル分しか記載されていなかった。その差は250億ドルである。日本の商社への投資は60億ドルに過ぎず、この差額の一部に過ぎない。
では、このコンフィデンシャルな投資、果たしてバークシャーは何を買っているのだろうか。
米ニュースサイトのelectrekの記事「Tesla (TSLA) surges to near-record high on mysterious new investor buying big(テスラ (TSLA) は謎の新規投資家の大量買いで史上最高値近くまで急騰)」によると、S&P500への追加や証券会社による目標株価の引き上げなどによってテスラの株価が500ドルを超え、高値圏での推移が続いている。しかし、S&P500への新規追加や目標株価の引き上げだけでは、これほどの大幅なバリュエーションの上昇を正当化するのは難しい。興味深い説として、一部の大口投資家がテスラに多額の投資を行っており、特に注目すべき説として、ウォーレン・バフェットが多額の投資を行っているかもしれないというのである。
記事によると、約5000万株のテスラ株が現在不明の投資家の手に消えていると言う。この行方不明のテスラ株と言う点と、バークシャー・ハサウェイのコンフィデンシャルな投資と言う点の2つをつなぎ、バフェットがテスラの株式を取得したのではないかとの憶測が浮上したのである。もしそれが本当ならば驚きだ。
バフェットとイーロン・マスクは以前、対立する発言をしていたことが伝えられている。例えば、マスクは、バフェットが長年アピールしてきた重要な投資セオリーの1つ、ある業界への破壊的な新規参入を防ぐためのバリアになるものを戦略的な「堀」とする考え方について、「時代遅れ」と批判。一方、バフェットはテスラについて「良い投資先とは言えない」と語っていた。
バフェットはファンダメンタルズに投資するが、それをベースにした場合、テスラに投資をすることは考えられない。また、近年ではアップルやアマゾンと言ったハイテク銘柄にも投資を始めている。バフェットはキャリアの終盤に差し掛かり、バークシャーの手綱をゆっくりと手放しつつある。自社株買いによって忠誠心のない投資家を整理しようとしているとの思惑も含め、投資セオリーなど、企業としてのバークシャーは次世代へ向けて変わり始めているのかもしれない。
バフェットの有名な言葉の一つ
“Price is what you pay, value is what you get”
「価格とは何かを買うときに支払うもの、価値とは何か買うときに得るもの」
バークシャーがテスラを価値ある企業として認識したのか、それとも他の企業への大口の投資なのか、続報が待たれる。
石原順の注目5銘柄
今回はバフェットの投資ポートフォリオから、ファイザー、バンカメ、TモバイルUS、アップル、そして大口投資家による買いの憶測を読んでいるテスラの株価を確認しておこう。