時価総額でトヨタ超えのテスラ
米EVメーカー、テスラ(TSLA)の時価総額が日本円にして22兆円を超え、トヨタを抜いて世界最大の時価総額を持つ自動車メーカーとなった。テスラの2019年の販売台数は約36万7,500台。これに対してトヨタは世界で1074万台を販売。両社の年間の販売台数は30倍近い開きがある。
テスラの株価上昇率は2020年前半のナスダック市場でトップとなり、株価は半年間で2.4倍も上昇した。フォーブスの記事「Elon Musk’s Net Worth Is Up $20 Billion Since March As Tesla Stock Roars(テスラの株価が轟き、3月以降イーロン・マスクの純資産は200億ドル増加)」によると、株価上昇に伴う資産増加について電子メールでマスク氏にコメントを求めたところ、以下の返答があったと言う。
「私は全く気にしていなかった。数字は増えたり減ったりする。真に重要なのは人々が愛する素晴らしい製品を作ることだ。」
(グリーン=買いトレンド・オレンジ=売りトレンド)
1月のコラムでお伝えしたように、テスラは単に電気自動車を製造販売するメーカーという存在ではなく、電気自動車を一つのチャネルとして社会変革をもたらすエネルギーテック企業である。そして、その原動力はCEOであるイーロン・マスク氏だ。
不可能を可能にするマスクCEO
2002年には「人類を火星に移住させる」という計画の実現を目標に掲げスペースXを設立、宇宙へ行くためのロケット開発も手がけている。今年5月には、民間企業としては初めて国際宇宙ステーション(ISS)への有人飛行を実現させるという快挙を達成、宇宙ビジネスの在り方を変革している。
ビジネス+ITの記事「民間有人宇宙飛行の快挙を達成、イーロン・マスクのスペースXは何がスゴイのか」によると、スペースXの参入により、2億ドルを要していた人工衛星の打ち上げコストは6,000万ドルまで削減された。また、ISSへ輸送する1キログラムあたりのコストも5万4,500ドルから2,720ドルへ低減されたとの試算もあり、委託したNASAにとっては大きなコスト削減になったそうだ。
なぜこのような大幅なコスト削減を実現できるのか、その理由の一つは製造プロセスにある。機器の7割以上を内製化しており、部品の設計から組み立て、ソフトウェア開発まで、ほとんどの工程をカリフォルニアの工場で行っている。従来の宇宙事業では、多くの工程が手作業で実施されてきたのに対し、3Dプリンターなどの最新IT技術を駆使している点も大きいと言う。
また、これまでのロケットのコックピットにあるダッシュボードはボタンや計測機器で一杯だったが、これをタッチパネルに集約し、極めてシンプルな構成にした。テスラの自動車にも共通する設計である。製造の観点からも、タッチパネルに集約されたコックピットにより、設計・組み立ての難易度が下がり、コスト削減につながるとしている。
さらには、スペースXはロケットの再利用を実現させた。これも大幅なコスト削減となる。打ち上げたロケットの回収を実現したのは官民問わず史上初である。マスク氏は不可能を可能にする男なのである。
異能の経営者に対する評価は?
マスク氏がテスラの経営に参画したのは2008年のこと。それ以前は投資家の立場であった。週に80〜100時間働くとも言われているマスク氏は、シリコンバレーを代表するリーダーの一人として世界的に著名である。マスク氏は、お金のためではなく、100年後、200年後の人類の未来のために働いていると公言しており、人類を未来へ導くために情熱を傾けている。
「私は息をしている限り諦めない」
「ボスのために働かないでください。地球の未来のために働いてください」
「私たちは世界に役立つことをしている。それが一番大事で、それこそが私のモットーだ」
(引用:イーロン・マスクの評伝「イーロン・マスク未来を創る男」より)
「米国は今でも間違いなく、他のどの地域よりも機会に恵まれた国だ」
「移民であろうとなかろうと、私がこんなことを成し遂げることができた国は他にない。」
(引用:ブルームバーグ「Elon Musk Is the Hero America Deserves(イーロン・マスクは米国が受け入れるに値するヒーローだ)」)
こうした彼の情熱に惹きつけられるカルト的なファンがいる一方、そのお騒がせな言動が批判を浴びることも多い。2018年にはツイッター上で突如、テスラを非上場化する方針を表明し(その後、撤回)、米証券取引委員会から「虚偽の誤解を招く」内容をツイートしたとして提訴されたこともあった。
また、先日は、アマゾンが自動運転のスタートアップ企業「ズークス」を買収したことを報じる記事を引用し、「ジェフ・ベゾスはコピーキャットだ、はは」とツイートした。
.@JeffBezos is a copy ?? haha https://t.co/plR7uupqBG
— Elon Musk (@elonmusk) June 26, 2020
確かに、自動運転や宇宙事業はマスク氏とアマゾンのジェフ・ベゾス氏で重複する分野である。思っていることがすぐ口に出てしまう質なのだろう。こうしたことから評価は極端に分かれるが、異能の経営者であることは間違いない。
黒字化を達成したテスラはエネルギー分野の主役となるのか?
テスラが4月末に発表した第1四半期の決算で、最終損益は一年前の赤字から黒字に転換、四半期ベースでは3四半期連続の黒字となった。テスラの今後の業績のポイントは中国市場であると指摘されているが、筆者はもう一つポイントを取り上げておきたい。それは環境規制である。
テスラの決算資料によると、売上の細目は「Automotive sales(電気自動車の販売)」、「Automotive leasing(電気自動車のリース事業)」、「Energy generation and storage(エネルギー発電と貯蔵製品)」、「Services and other(サービス、その他)」の4つであるが、実はもう1つ重要な収益源がある。それは、「Regulatory Credits(規制クレジット)」である。
米国の自動車メーカーは規制によってゼロエミッションの車を一定の割合で販売することが義務付けられている。販売が規定数に達しない場合、自動車メーカーは違反金を支払うか、他のメーカーから余剰クレジットを購入する必要がある。テスラが生産する車は全てがゼロエミッションであるため、テスラは相当量の規制クレジットを確保しており、これをGMやフィアット・クライスラーに販売している。この規制クレジットは、コストがゼロであり、売上がそのまま利益となる打ち出の小槌である。
テスラは2017年に3億6,030万ドル、2018年に約4億1,860万ドルの規制クレジットを販売、2012年のわずか4,100万ドルからわずか7年でほぼ10倍に増加した。規制クレジットの販売による収益は将来的にわたって増加する可能性が高く、今後もその傾向は続くと見られる。
さらに追い風となるのが、2021年に導入される予定のEUにおける排ガス規制の強化である。自動車メーカー各社はこの新基準に適合できなかった場合、巨額の罰金を科されることになる。その一方、新たな測定基準とディーゼル問題の余波、さらには顧客のSUVシフトによって、この新しい規制に適合するのはほとんど不可能だと指摘されている。以下は、この新規制のもと、各メーカーに課されたCO2排出量の目標値である。
今のところ、2021年のEUの規制をクリアできるのはトヨタ、日産・ルノー、ボルボ、ジャガー・ランドローバーのみとなっており、この4社以外はいずれもGMやフィアット・クライスラーと同様、他社からカーボンクレジットを調達しなければならなくなる。EV製造100%であるテスラにとって、自社のEV販売が増えれば増えるほど、他社に売却可能なクレジットが増加することになるのである。
テスラの時価総額は冒頭に紹介したトヨタだけではなく、米エネルギーの巨人であるエクソンモービル(XOM)をもすでに上回った。世界が脱化石燃料へと向かう中、ブルームバーグは「エネルギーの主役交代を象徴する動きか」と伝えている。エネルギーの主役だけではなく、宇宙も含めた世界を大きく変える主役としてこれからもマスク氏の活躍から目が離せない。「息をしている限り諦めない」、最期の日を迎えるまで全力投球する彼の生き方はこれからも多くの人を惹きつけるだろう。
石原順の注目5銘柄
今回はテスラを含め、ナスダック市場で上昇が目立つ企業をピックアップした。
日々の相場動向については、ブログ「石原順の日々の泡」を参照されたい。