ひとそれぞれだろうし、多分に僕の性格によるものなのだろうが、僕は他人と意見の一致をみることはあまり多くない。むしろ意見が食い違う方が多い(プライベートで親密な間柄の人間ともしばしばそうである)。
ましてや、ここ最近付き合い始めた、海の向こうのリサーチ会社とはあまり意見が合うことはないのだろうと思っていた(実際、為替のポジションについてはそうである)。ところが、今回の雇用統計の見方については珍しく意見が同じだった。僕は<今週のマーケット展望>で「7日は雇用統計が発表されるが、今回はそれほど注目度が高くない」と述べたが、今朝(正確には昨日の夜中)届いたレポートでDeepMacro社も「久々に雇用統計に注目する必要性が低下している、という感がある」と言っている。
無論、だからと言って、雇用統計を無視していいわけはない。結局はDeepMacro社の意見もそうだ。やはり、僕は他人と意見の一致をみることはないのだ。ポイントは賃金の伸びであり、それはDeepMacro社のモデルが予測する通り、低く抑えられるだろう。さらに重要なことは、それでもFEDは賃金をはじめとするインフレの弱さを「ノイズ」として扱うだろうということだ。
DeepMacro社は、「世界的なインフレの方が米国のインフレよりも低下しつつあるにもかかわらず、いくつかの中央銀行が予想外にタカ派的な政策シフトを見せた直後に統計が発表される、という点に注目」しており、さらに「中央銀行は別の何かに注目をしている」という。「別の何か」が何であるかはレポートのなかで明言されていない。
僕は、先日公表された国際決済銀行(BIS)の年次報告にそのヒントがあるように思う。BISは「世界の労働市場は過去数十年に重大な変化を見せ、賃金と価格形成が変化し、インフレと労働市場のスラックとの関係が非常に弱まった」と指摘した。そのうえで、BISは「インフレ率が上がらなくとも、長期にわたり金利を低過ぎる水準に維持すれば、金融安定とマクロ経済のリスクを将来的に高めかねない。債務は引き続き累積し、金融市場のリスクテークは勢いを増すことになる」と述べている。
これがセントラルバンカーたちのネイチャー、すなわち「インフレファイター」としての本能に火をつけたのかもしれない。そうでなければどうみても弱いインフレ率を前に、出口云々などと語り始める道理がわからない。もっとも、僕が他人と意見の一致をみることは少ないのだから、仮にそうであったとしても全然不思議なことではないのだが。
われわれの雇用に関する主なデータソースは米国企業約3万社の人事ウェブサイトに掲載される求人情報である。企業が求人広告を掲載した時点でわれわれはそれを新規の「求人」とカウントし、広告の掲載が取り下げられた時点で、その求人が「埋まった」と判断している。
● 雇用の伸び:雇用の伸びはおそらくコンセンサス(民間部門で170千人)に及ばなかっただろう。
● 賃金の伸びは依然として軟調。
● FEDは(利上げを実施したばかりで)しばらく追加利上げはないことから、失業率が大幅に上昇でもしない限り、数字の弱さを「ノイズ」として扱うだろう。
今月の雇用統計はここ数ヶ月とは異なる背景のもと発表される。第一に、FOMC は利上げを実施したばかりで、すぐには追加利上げをしないだろうから、結果は次回の政策決定にほとんど影響を及ぼさない、という点。第二に、CPIが3ヶ月連続で低い結果となったことを受け、一部の観測筋が、FEDは賃金やインフレよりも金融の安定性を注視している、と考えるようになっている点。第三に、われわれの「インフレファクター」によると世界的なインフレの方が米国のインフレよりも低下しつつあるにもかかわらず、いくつかの中央銀行が予想外にタカ派的な政策シフトを見せた直後に統計が発表される、という点である。久々に雇用統計に注目する必要性が低下している、という感がある。中央銀行は別の何かに注目をしている、という見方だ。
われわれはそこまでとは考えていない。(雇用統計が)弱い結果となれば、6月のFEDの決定やその他の中央銀行のタカ派的なトーンを取り巻く状況は不確実性を増すだろう。雇用の伸び、特に賃金の伸びが強い結果となれば、金利正常化に向けての議論を、金融安定性からインフレに呼び戻すことになるだろう。NFPレポートはその数値のブレの大きさから信用を失うことはあるだろうが、FED の主要な判断材料の一つである以上、マーケットはこれを無視することはできないだろう。
二ヶ月連続で低い労働需要 われわれのデータによると、新しい労働需要は依然として高い水準にあるものの先月からは減速した。新規求人数は前月比で5.3%減、前年比でも数パーセントポイント減少している。5月の月間伸び率は横ばいで推移。雇用状況もまた鈍化傾向にあり、前月比1.0%増に止まっている(5月の鈍化に続き)。
前年比で見ると成長率はより高いが、それでも減速している。Figure 1は新規求人数と新規雇用数の前年比成長率で、縦線は4月、5月、6月のNFP調査週の区切りを示している。5月の統計はおおよそ4月と5月の線の間、今週金曜に発表される6月の統計は、5月と6月の線の間の区間に該当する。新規求人数の方が新規雇用数よりもNFPに対する説明力が強いことから、われわれは、新規雇用数の加速よりも、新規求人数の減速の方を若干重視している。
2ヶ月連続の減速は、ノイズでは済ませられない。われわれは労働市場が早めの夏休み(調整)に入ったと感じている。
賃金の伸びは抑えられたまま 新規求人数から新規雇用数を引いた労働の「超過需要」について。このギャップは、企業が労働市場から新規雇用を試みたが雇用できなかった数を表す。Figure 2は労働の超過需要と平均時間あたり賃金の上昇率の推移を示したもので、ここ数年両者は同じような動きを見せている。労働の超過需要が上昇すれば、平均時間あたり賃金もゆっくりとはいえ上昇してきた。労働の超過需要は、直近の平均時間あたり賃金の減速を含め、短期の賃金動向でさえかなり正確に捉えている。
中央銀行はインフレ以上に実質的な側面を見ている
ここ数週間でFEDは利上げを実施し、他の中央銀行もよりタカ派的な動きを見せた - 米国も世界的にもインフレ圧力が後退している事実があるにもかかわらず、である。Figure 3は米国とグローバルの「インフレーションファクター」の推移である。米国のインフレはかろうじて過去2年間(わずかではあるが)上昇傾向を維持している。グローバルにはインフレは低下傾向にあるが、約1年前から急激に改善してきている。ここ数ヶ月は米国もグローバルも低下しているが、ほとんどの中央銀行はこのような低下傾向を軽視しているように見える。
おそらくこのような中央銀行のスタンスは、彼ら自身の成長予測に対する自信と、これまでの長期にわたる成長を後にして、景気鈍化の兆候は少なく、インフレを押し上げるのにさらなる成長はそれほど必要ない、という考えを反映しているのだろう。先月、予想外に雇用の伸びが鈍化したことを受け、ほとんどのFEDのメンバーは、雇用創出の水準が失業率を安定させるのに十分な水準以上にある点を強調した。これはわれわれの見解とほぼ同じである。しかし、4月以来インフレが鈍化しているのは事実であり、これを持って「成長は堅調であり、景気鈍化の度合いは少ない」と説明することは難しい。よって、NFPレポートは軽視すべきではないのである。