2月、河野太郎外務大臣の肝いりで、気候変動対策で世界を先導する新しいエネルギー外交を推進すべきとの有識者提言が取りまとめられた。有識者会合(注1)では、丸紅(株)からも世界最大規模のUAEにおけるメガソーラーのご紹介をさせていただいた。売電価格の2.42セント/kWhは、契約時において世界最安値だった。一方わが国では、再エネは高い(注2)、「不安定」なので予備電源が必要(注3)、風力発電は騒音の大きい迷惑施設だ(注4)、大規模水力発電所はもう造れない(注5)、送電線が足りない(注6)等々といった先入観から、再エネ普及はほどほどで仕方がないという国民意識があるようだ。しかし、先日むつ小川原地区における風力発電設備やメガソーラーをまとめて拝見する機会に恵まれ、わが国においても、条件さえ整えば、再エネは既にかなりの設置が進んでいる、という印象を持った。

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1. コスト低下が再エネ大量導入の可能性をもたらす
屋根上(家庭用)太陽光発電のコストについては、今日でも既に電灯料金を下回っている。UAEとの単純比較は不適切だとしても、わが国でも2030年においては太陽光発電の価格はLNG火力を大きく下回る予想である。太陽光・風力の発電量は天候に左右されて「不安定」だとされるが、そこまで値段が下がれば、望ましくない天候による発電量低下を織り込んで予め多めの容量を設置しておいても採算がとれるはずだ。再エネ設備を大量に設置することによる分散効果は、気象予測精度の向上と相まって、バックアップ電源のニーズを低く抑える。多めの容量を設置するので発電量が電力需要を超えることも起きるが、そのときに仮に系統への送電・売電を止めたとしても利益が出るほど太陽光パネルの値段が下がる。つまり、採算を犠牲にして確実性を向上させたとしても、まだLNGより安い電気を太陽光が作り出せることになるのだ。しかし、もちろん、発電量を抑えるのではなく、余剰電力は水素に変えて利用すればよい(注7)。水素の消費は水素発電タービンの開発や燃料電池車の大量普及を待たなくても、そのまま天然ガスに混ぜたり、メタンガスに変えて産業用・家庭用として今のインフラのままでも消費することができる。「コロンブスの卵」だ。将来は、再エネの設備容量は電力需要を上回るのが当然となり、再エネ余剰電力由来の安価でクリーンな水素による水素社会が到来するだろう。

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2. 利害関係者との調整を「問題の内部化」で解決し、再エネ導入を進めたい
大規模水力発電は迷惑施設(外部不経済)の際たるもので、それを克服するための積年の地元調整努力が逆に足かせとなり、ダム水利権の変更を伴う水力発電能力増強ができなくなっているらしい。旧一般電気事業者に再エネを導入したくないという抵抗感がもしあるとすれば、フル稼働を前提に建設し、地元で雇用を生んでいる既存発電所の稼働を無駄にしたくないからであろう。欧州では石炭火力の役割を再エネの調整電源に変えてでも再エネ活用を進めているが、一度決めた方針は維新でも起きない限りは変えることを許さない国民性と終身雇用制の意識の強いわが国では、ほぼ不可能なのかもしれない。風力発電も迷惑施設とされ、関係者との利害調整に手間がかかるが、幅広い関係者が経営に関わって利益や目的意識を共有することで、そうした調整の手間を解消できると言われる。むつ小川原で回る風車の大群を見て、その思いを強くした。水利権の再調整や既設発電所の役割変更に関しても、そうした解決策があるのではないのだろうか。

3. 「敵」とも力を合わせた「カイゼン」で再エネ導入に斬新なアイデアを
最大の壁とされる送電線不足の問題は、幹線国道地下共同溝の中や鉄道軌道上にケーブルを通せば、時間と地元調整の手間がかかる高圧鉄塔の建設無しに、すぐに全国を縦断・横断する新たな送電線網の構築が可能だというのも、コロンブスの卵ではないだろうか。このようにちょっとしたアイデアと応用技術開発の積重ねで、わが国の再エネ普及の障害とみなされている課題のほとんどは解消できる。そもそも、日本人はそうした「カイゼン」が得意な国民性を有しているはずだ(注8)。国民が総力を挙げてカイゼンに取り組めないのは、頼朝VS義経、尊王攘夷派VS開国派、といった善悪二元論を日本人が好み、旧一般電気事業者VS再エネ事業者・新電力、経済産業省VS環境省といった立場のレッテルを自分や相手に貼り、「問答無用!」と思考を停止しているからだろう。源氏の最盛期は頼朝と義経が力を合わせて平氏と戦った時であったし、明治新政府の方針は尊王&開国であり、徳川家は公爵として厚遇もされたことを思い出すべきである。旧一般電気事業者が再エネ導入でメリットを共有できるシステムを作って仲間に迎え入れ、当事者たちがアイデアを出し合えるようになれば、わが国が再エネと水素に支えられたエネルギー大国になる日が10年以内に到来するだろう。

(注1) 外務省『気候変動に関する第4回有識者会合』
1月9日(火曜日)、外務省は、気候変動問題に関し、世界の最新の動向、NGOや研究者、気候変動対策に積極的な企業等の声を生かした新たな政策の方向性を打ち出すことを目的に、気候変動に関する有識者会合を設置した。この有識者会合は、国内の9名の有識者で構成され、国際的な再生可能エネルギーの動向や気候変動問題に関する課題を議題として取り扱う。本年2月に本文に記載のエネルギーに関する提言が行われ、また、4月を目途に全体的な提言を外務大臣に対して行う予定。(出所:外務省Webサイト)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page23_002400.html
(外部サイトに移動します)
(注2) 2016年7月5日 マネックスラウンジ第143回 『再エネはなぜ「高い」~低炭素社会実現にむけた国民意識改革の必要性~』
https://info.monex.co.jp/lounge/marubeni/2016/07/05.html
(注3) 2017年7月18日 マネックスラウンジ第171回 『発電量予測技術の精度向上で自然エネ普及が加速 ~必要な予備容量削減で、火力の新設は不要に?~ 』
https://info.monex.co.jp/lounge/marubeni/2017/07/18.html
(注4) 2017年11月7日 マネックスラウンジ第180回 『再エネ事業は地元の資本参加で加速する ~「外部不経済の内部化」による問題解決~』
https://info.monex.co.jp/lounge/marubeni/2017/11/07.html
(注5) 2016年9月6日 マネックスラウンジ第148回 『大規模水力発電に大きなポテンシャル~わが国の再エネの隠し玉~』
https://info.monex.co.jp/lounge/marubeni/2016/09/06.html
(注6) 2017年1月31日 マネックスラウンジ第158回 『再エネに高コストの送電線網は不要な可能性 ~地方創生・住民生活と再エネ事業者とJR北海道がWIN-WIN-WIN~』
https://info.monex.co.jp/lounge/marubeni/2017/01/31.html
(注7) 2013年9月3日 マネックスラウンジ第70回 『余剰電力はガスとして活用し、自然エネ導入を加速するEUの挑戦』
https://info.monex.co.jp/lounge/marubeni/2013/09/03.html
(注8) 2018年2月28日、内閣府からご依頼をいただき、政策討議(総合科学技術・イノベーション会議有識者議員懇談会)「環境エネルギー・水素戦略(第2回)」にて同様の趣旨のお話をさせていただいた。
http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20180228-2.html
(外部サイトに移動します)

コラム執筆:松原 弘行/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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