小さい頃、私の家は本だらけで、壁が一面本棚になっていました。鴎外とか、荷風とか、その手の本が多かったのですが、難しくて長くて読めません。ある時これなら読めるかも知れないと、手渡されたのか自分で勝手に取ったのか憶えていないのですが、めくってみたのが泉鏡花の縷紅新草でした。

灯りの下、確か二段組みになっていたその本を初めて開いた映像を、何故か今でも憶えています。そして読んだ時のあの独特の雰囲気というか読後感。縷紅新草は鏡花の最後の作品なので、時代的にもっとも現代に近く、難しい漢字が少なく、ひらがなが多く、読みやすかったのでしょう。

以来、鏡花は大して読んだこともないのですが、不思議な縁があります。或る時期、足繁く通った某飲食エリアは、その裏道に鏡花の住んでいた場所があり、何も残ってはいないのですがそのちょっと寂れた鏡花の話に出てくるような小径を何度も何度も歩いたものでした。

最近では曹洞宗のお寺に行く用事があり、時間の都合などから限定的なエリアからネット検索で選んだお寺に行くと、夜だった所為もありますがそこはどこか妖艶な雰囲気のする場所も部分的にあり、後から知るとその寺は鏡花の葬儀をした寺だったのでした。不思議なものです。

そんな縁から久し振りに鏡花を読み始めました。やはり楽しい。私の好きな文章には、それが小説であれ、エッセイであれ、詩であれ、明らかに通じる性質があります。きれいで、短くて、ヴィジュアルで、そして艶っぽい。暫く浸かってみます。