私のお昼は、会社にいれば99%、出前のお蕎麦です。「かしわ南蛮・卵とじ・蕎麦少なめ」と頼むのですが、この蕎麦の量が、妙な変化をします。何かしらの事情でお蕎麦屋さんが店仕舞いをしたり、出前を止めてしまったりすることがあるので、その度に新しいお蕎麦屋さんを探し、微妙にトッピングと云うか入れるものを変えたり、蕎麦の量を調節して、私好みの蕎麦にチューン・アップします。

ところがこの蕎麦の量だけは、私の注文を変えなくても、勝手に変わっていくのです。最初は少なめと頼んでいるにも拘わらず、殆ど通常量と変わりません。ところがそれが徐々に減りだし、最終的には「ちょっと少な過ぎませか?」と思うほどにまで減ってしまうのです。恐らく、大盛りならぬ小盛り蕎麦と云うのは先ず作ることがないので、最初は勝手が分からず、通常量で作ってから、ほんのちょっとだけ取り除くのでしょう。

しかし毎日作っているうちに、その小盛り蕎麦と向き合うようになり、即ち通常サイズからの変更ではなく、小盛りサイズを最初から作るようになり、その中である種の錯覚を起こして、毎日ちょっとずつ減らしていってしまうのではないでしょうか。茹で蛙の理論のように、自らの変化に気付かなくなり、自己減少していってしまうのでしょう。そして或る日急に、最初の頃と同じような蕎麦の量に戻ったりします。はたと我に返り、通常量と較べてみたのでしょう。面白いですね。これはどんな仕事にも云えることでしょう。茹で蛙にならないように、常に外界に気を配っていきたいと思います。