米国株式市場はいま、AI(人工知能)への期待を中心に上昇しています。AI関連投資は足元のGDP成長の約3割を占め、巨大テック企業が世界中から資金を呼び込んでいます。また、AI関連株の上昇が富裕層の資産を押し上げ、その消費によって米経済全体が支えられています。実際、上位10%の富裕層が消費全体の半分を占めるほどになっています。

AI関連の設備投資が成長を押し上げているのは確かですが、実体経済への寄与はまだ限定的で、雇用や所得への波及はこれからです。企業はAI投資を加速させる一方で採用には慎重であり、AI導入の効果を見極める段階にあります。生産性の上昇や波及効果が経済全体に浸透するまでには時間がかかるでしょう。

とはいえ、株式市場の高騰を単純に「実体との乖離」と断じるのは早計です。市場は常に未来を織り込みます。AIが将来的に生産性を押し上げ、企業収益を拡大させると期待されるならば、その効果を先取りするのは自然なことです。

一方、足元の相場は、2000年前後のITバブル期といくつかの点で重なります。当時はアジア通貨危機を経てFRB(米連邦準備制度理事会)は利下げを行い、バリュエーション主導でハイテク株が急騰しました。グリーンスパン議長が「根拠なき熱狂」と警鐘を鳴らした後もナスダックはさらに上昇し、発言後から約3倍に達しました。

バブルを懸念しても、その崩壊時期を正確に見通すことは極めて困難です。現在もパウエル議長が株価の割高感を指摘するなかで、市場はむしろAIブームを追い風に新高値を模索しています。

もっとも、リスクにも目を向ける必要があります。景気の行く末、バリュエーションの正当性に加え、国際金融取引の肥大化にも注意です。BIS(国際決済銀行)によると、国境を越える金融取引は世界GDPの約170%に達し、その規模は貿易の3倍を超えています。機関投資家やプライベートアセットなど非銀行金融機関がリスク資産・為替市場の主役となり、FXスワップ残高も世界GDP規模に膨らみました。

こうした巨大な資金循環は、平時には効率的に機能しますが、ショック時には資金が逆流し、流動性を奪って信用収縮を引き起こす危険をはらんでいます。金融市場はショックを緩和する機能を持つ一方で、それを増幅させる側面も併せ持ちます。投資家のリスク再評価が瞬時に波及し、市場全体に連鎖的な動揺をもたらす可能性があるためです。こうした環境下では、ポートフォリオにおいて守りの資産を適切に組み入れる配慮も重要です。

AI投資が実物経済を着実に押し上げつつあるのも事実です。半導体、クラウド、データセンターといった分野で設備投資と利益の裏付けが広がり、2000年前後のITバブル期に比べても実体面の厚みは増しています。IT革命がバブル後も生産性という遺産を残したように、今回のAIブームも長期的には構造転換を促す可能性があります。

AIが短期的な景気動向をすべて説明するわけではありませんし、株式市場も過熱感から短期的に変動性が増す可能性に注意が必要です。しかしその一方で、AIは確実に長期的な構造変革の芽を生み出しています。株価が先に動き、実体経済があとから追いつく――それこそが資本主義のダイナミズムであり、同時に、グローバル金融がかつてないほど複雑に絡み合う時代における新たなリスクの源泉でもあるのです。