「ステーブルコイン」が世界的に注目を集めている。日本国内でも、大手マスメディアがテーマとして取り上げており、最近になって耳にした人も多いだろう。 暗号資産の一種でありながら、米ドルなどの法定通貨と価値が連動することで価格の安定を図るこのデジタル通貨は、もはや単なる技術革新の話題にとどまらず、国家の金融戦略や通貨覇権の議論と密接にかかわる存在となりつつある。
この潮流の中心に位置するのが米国である。トランプ政権は米ドル連動型ステーブルコインの普及を国家的な優先事項と位置づけており、その第一歩としてステーブルコイン法案「GENIUS法」の整備を急ピッチで進めている。
同法案は、ステーブルコインの発行体に対し、米ドルまたは米国債を用いた100%の準備資産保有、定期的な監査報告、免許登録義務など、極めて厳格なルールを課す内容となっている。 これにより、ステーブルコインを安全なデジタル通貨として国内外に普及させ、結果的に米ドルへの国際的な需要を創出しようという狙いがある。米財務長官が「ステーブルコインはドル需要を強化する」と公言していることからも、その意図は明白である。
一方、米国のこうした前のめりな姿勢に対し、国際社会からは強い警戒の声が上がっている。その筆頭が、各国中央銀行が加盟するBIS(国際決済銀行)だ。BISは2025年6月の年次報告書で、ステーブルコインは「通貨としての条件を満たしていない」と批判し、金融システムの健全性を損なうリスクを指摘した。 また、イングランド銀行の総裁も、ステーブルコインが銀行システムから預金を吸い上げ、金融安定を脅かす可能性に警鐘を鳴らしている。
同様に、デジタル通貨圏における米ドルの一強体制に対する地政学的な懸念も各国に広がっている。欧州では「米国のステーブルコインがユーロ圏の通貨主権を脅かす」との見方が強まっており、ECB(欧州中央銀行)は独自のデジタルユーロ構想や、暗号資産・ステーブルコインに対する規制強化を進めている。
確かに、ステーブルコインは決済コストの削減や金融包摂の促進といった革新性を秘めている。しかし、各国で規制の足並みが揃わなければ、不正取引の温床となり、将来的に金融市場のシステミックリスクを引き起こす恐れも否定できない。
今後、米国の強力な推進力を国際社会がどのように受け止め、分断ではなく協調の枠組みの中で、利用者保護と金融安定の両立を図る健全なエコシステムをいかに構築していくかが問われている。2025年はまさに「ステーブルコイン元年」と位置づけられる年であり、この新たなデジタル通貨の発展は、今まさに始まったばかりである。