投機円売り「暴走」はなぜ起こったか?

イエレン米財務長官の発言をきっかけに米ドル高・円安が再燃

日本の通貨当局は、4月29日、そして5月1日にも米ドル売り介入に出動した。こうした中で米ドル/円は5月3日には151円台まで下落。「歴史的円安」は160円で幕を下ろしたかと思われたが、そうではなかった。

米ドル高・円安が再燃するきっかけとなったのは、イエレン米財務長官の「為替介入はまれに行われるべき」との発言だった。日本の通貨当局関係者は、「学究肌のイエレン長官は教科書通りの発言をするだけ」として、これを日本の為替介入を批判したものではないと説明するが、為替市場、特に投機筋はそうは受け止めなかった。

米ドル高・円安が再燃すると、6月26日には米ドル高値を更新、再び160円を大きく超える展開となった。この米ドル高・円安は、日米金利差円劣位が大きく縮小に向かう中で起こったものだった(図表1参照)。なぜ、金利差から大きくかい離した米ドル高・円安となったのか。

【図表1】米ドル/円と日米10年債利回り差(2024年1月~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

金利差縮小を尻目に急増する投機筋の円売り越し

金利差からかい離した米ドル高・円安を比較的うまく説明できそうなのは投機円売り再燃だった。CFTC(米商品先物取引委員会)統計の投機筋の円売り越しは、7月初めにかけて米ドル/円が161円の高値を記録する中で、2007年6月に記録した過去最高にほぼ肩を並べるまで拡大した(図表2参照)。ではなぜ、投機円売りは金利差円劣位縮小を尻目に急増に向かったのか。

【図表2】米ドル/円とCFTC統計の投機筋の円ポジション(2024年5月~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

金利差円劣位が縮小したものの、日米10年債利回り差で3%以上もの大幅な状況は、短期売買を行う投機筋にとって円買いに不利な一方で円売りに圧倒的に有利であることに何ら変わりはなかった。その上で、投機円売りにとって最大の脅威である円高リスクをもたらす日本の通貨当局による米ドル売り介入が、米国からのけん制でできなくなったのではないか、そう受け止めた投機円売りが「モンスター化」した結果が、あの161円という「歴史的円安」をもたらした真実だったのではないか。

日本の通貨当局による3度目の介入がバブル破裂のきっかけに

ただ7月11日、日本の通貨当局は、「もう出来ないだろう」と見られたこの局面での3度目の米ドル売り介入に出動した。これが極端に行き過ぎた円売り、「円売りバブル」破裂のきっかけになったのだろう。

バブル破裂の大きな分岐点になったのは、7月下旬に155円を大きく割れたところではなかったか。これにより、当時154円半ばだった120日MA(移動平均線)を割れるところとなった。これは、4月末・5月初めの介入局面で米ドル/円が120日MA割れには至らなかったこととの大きな違いだった(図表3参照)。

【図表3】米ドル/円と120日MA(2022年1月~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

120日MAなど過去半年平均は、代表的な投機筋であるヘッジファンドの売買転換点の目安と見られた。つまり、5月初めの介入局面と異なり、7月下旬に120日MAを米ドル/円が大きく割れてきたことで、米ドル買い・円売りポジションの撤収が本格化したと見られた。それが円高をもたらし、円高により投機筋が一段と米ドル売り・円買いを強める、それこそが「円売りバブル」破裂の実態だったのだろう。

「円売りバブル破裂」が「令和のブラックマンデー」の原因に

こうした中で米ドル/円は8月5日には141円まで下落した。ほんの1ヶ月で161円から141円まで約20円の大暴落劇は、7月末の日銀の利上げや、それをきっかけにした世界的な株価大暴落、「令和のブラックマンデー」の影響という解説も多かった。しかし、これまで見てきたことからすると因果関係は逆だったのではないか。つまり円売りバブル破裂が原因で、「令和のブラックマンデー」という世界的株暴落をもたらしたということだ。

その後139円まで続落した米ドル/円だったが、10月以降は再び米ドル高・円安へ大きく戻すところとなった。ただこの動きは、日米金利差米ドル優位・円劣位再拡大に沿ったものだった(図表4参照)。米経済の軟着陸期待や、トランプ次期大統領の経済政策が金利上昇をもたらす可能性への反応ということだろう。

【図表4】米ドル/円と日米10年債利回り差(2024年7月~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

以上、前後編2回にわたり、2024年の米ドル/円の動きについて振り返ってみた。繰り返された米ドル高・円安の大きな背景には、「予想以上に強い米景気」が続いているということがある。その上で一時期円売りバブルとその破裂が起こったことが、この2024年の「歴史的円安」とその急反転という米ドル/円の大乱高下劇が展開した本当の理由だったのではないか。