テスラ[TSLA]が時価総額トップになっていた可能性も

現在、米国株式市場の最注目企業と言えば、高性能半導体をほぼ独占的に手掛けるエヌビディア[NVDA]です。2024年6月に時価総額が3兆ドルを超え、アップル[AAPL]を抜いてマイクロソフト[MSFT]に次ぐ2位に躍り出たところに、いかに多くの企業や人が今後のAI市場の成長に期待をかけているかが分かります。

その大きなきっかけとなったのがサム・アルトマン氏率いるOpenAIが開発した「ChatGPT」です。2022年11月に一般公開され、またたく間に多くのユーザーを獲得した「ChatGPT」は、2023年に入り、開発を資金面などで支援してきたマイクロソフトが検索エンジンBingなどに搭載したことで世界的ブームを巻き起こしました。

その結果、マイクロソフトとエヌビディアというAI市場を牽引する2社が時価総額の1位2位の座についているわけですが、もしかしたら1位にはイーロン・マスク氏率いるテスラ[TSLA](現在の時価総額8021億ドル)が座っていたかもしれません。というのも、2015年12月にOpenAIが設立された当時、会長は共同創業者のマスク氏とアルトマン氏であり、資金の大半をマスク氏が提供していたからです。出資者にはマスク氏と同じペイパル・マフィアのピーター・ティール氏やリード・ホフマン氏などが名を連ねていました。

OpenAIと手を切ったからこそ誕生した「xAI」

OpenAIが目指したのは「人類にプラスとなる安全な形でAIが進化していく可能性を高める」こと。金銭的なリターンを追い求めることなく、特許などで囲い込むこともせず、論文などを通して技術を広くオープンにして、人類全体の発展に貢献しよう、というのがこの時の趣旨でした。紆余曲折を経て研究は進み、先行していたアルファベットのグーグル[GOOGL]に追いつき追い越すように「ChatGPT」の開発は進みますが、2018年、マスク氏がOpenAIはテスラの傘下に入るべきだと主張したことでアルトマン氏と対立。マスク氏はOpenAIと手を切り、新たなAIチーム(後のxAI)を立ち上げることになります。

マスク氏にとってテスラ車は「走るコンピュータ」であり、日々、何百台もの車が膨大なデータを収集しているだけに、進化するAIと組み合わせると自動運転の精度も格段に進歩することになります。AIにとっても膨大なデータは進化の速度を速めるわけですから、マスク氏の提案もある意味、必然だったのかもしれません。

一方、資金面で支えていたマスク氏の離脱により、苦境に立ったOpenAIに救いの手を差し伸べたのがサティア・ナデラ氏(3代目CEО)率いるマイクロソフトです。こう見てくると、マスク氏はあまりに大きな魚を逃したようにも見えますが、マスク氏はxAIを中心にAIの開発に取り組むとともに、買収したX(旧ツイッター)やテスラ、スペースX(スターリンク含む)など多岐にわたる企業を経営し、「世界を救う」ために取組んでいます。

1億6500万ドルを手にしても楽な生き方を選ばなかったマスク氏

南アフリカで生まれたマスク氏がカナダに渡ったのは高校卒業後の1989年のことです。製材所のボイラー清掃といった肉体労働で資金を貯め、1990年にクイーンズ大学に入学。その後、奨学金を得て念願だったアメリカのペンシルベニア大学に移籍し、スタンフォード大学の大学院物理課程へと進みます。しかし、「人類に大きな影響を与えることがしたい」と考え、①インターネット、②続可能エネルギー、③複数の惑星での生活、という3つの内でも早くからアイデアを温めていた「地図と職業別電話帳を組み合わせたインターネットソフトウェア」をつくる「Zip2」を起業。大学院は入学してすぐに中退しています。

最初はお金もなく、貧しい生活を強いられますが、「貧しくてもハッピーであることは、リスクを取る際に大きな助けになる」と、マスク氏は気にすることはありませんでした。やがてITブームが到来し、マスク氏の会社も順調に成長。1999年にコンパックに3億700万ドルで買収され、マスク氏も2200万ドルを手にしています。このお金を手に次に起業したのがオンライン金融サービスと電子メール支払いサービスを行う会社「Xドットコム」です。

この「Xドットコム」が、ピーター・ティール氏らによって創業された「コンフィニティ」と合併し、「ペイパル」が誕生します。同社は2002年に株式を公開、イーベイが同社を15億ドルで買収したことから、マスク氏は1億6500万ドルを手にすることになります。これほどの大金を手にすれば、あとは楽な生き方を選んでもいいはずですが、マスク氏は学生時代に描いた夢の実現へと向かいます。

「人類を救う」「地球を救う」、学生時代から変わらない壮大なビジョン

彼はこう振り返っています。「金儲けのために悪魔に変身してしまう人間もいるが、大切なのはそのお金を何に使うのかという目的をはっきりさせておくことだ」

目指したのは「人類を救う」「地球を救う」という壮大なビジョンです。マスク氏は2002年にスペースXを設立。火星への人類の移住を本気で目指すとともに、2004年に電気自動車開発の「テスラモーターズ」(後の「テスラ」)に出資し、会長に就任します。目的は人類が複数の惑星で暮らせるようになるまでの時間稼ぎでした。両社の設立から20年余りを経てスペースXは宇宙開発のトップランナーとなり、テスラは電気自動車では世界一となる年間184万台(2023年通期)を生産しています。

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