日本の防衛費より多い8兆8000億円

先週の6月13日(木)、世界で最も資産が増えたことを実感したのは、テスラ[TSLA]CEOのイーロン・マスク氏でしょう。この日は、テスラの株主総会が開催され、同氏の報酬案が7割を超える株主から承認されたのです。世界中の投資家がこの結果に注目したと言ってもよいでしょう。理由は、あまりにも前例のない、ある意味非常識と思えるような莫大な金額だったからです。

その額は560億ドル、日本円ではおよそ8兆8000億円となります。8兆8000億円と言われてもピンときませんが、比較する数字はないかと調べてみると、その額はなんと日本の2024年度の防衛費7兆9000億円を遥かに超えるものなのです。1億2000万人を超える人口を有する日本を1年間守るために使われている予算を超える額を、一人の人間が一企業のトップの報酬として手にしたのです。

今回の560億ドルというマスク氏の報酬は米国史上最高額となります。次いで高いのはアルファベット[GOOGL]CEOのサンダー・ピッチャイ氏の報酬なのですが、それでも2.26億ドルです。今回のマスク氏の報酬はゼロが2桁多い莫大な金額です。既に世界一の大富豪であったマスク氏をさらにダントツの大金持ちの座に引き上げることになります。

2018年提案の再承認

今回の報酬パッケージは、実は初めて承認された報酬ではなく、2018年の株主総会で既に承認されたものの再承認なのです。背景としては、2024年1月に一部の株主から2018年の報酬パッケージは行き過ぎであるとの申し立てを受け、テスラの登記が行われている米国デラウエア州の裁判所が、「無効である」との判断を示しました。それを受けての報酬パッケージが正当なのか、マスク氏が同社にとって本当に必要な人物なのかを判断する、株主による信任投票だったのです。

テスラの規制当局への提出書類によると、同社は2019年以降、マスク氏に基本給を支払っていません。代わりに、テスラが自動車生産台数や会社の市場価値の向上など、特定のマイルストーンを達成することに基づくストック・オプションの価値を通じて支払われてきたのです。

これまでのテスラの株価のパフォーマンスを調べたところ、2021年11月に414.5ドルで史上最高値を付けました。2024年の株主総会前日の株価は177.3ドルですから、ピークからは57%の大きな下落となっています。それでも今回の報酬パッケージが承認された2018年の株主総会の6月5日から、2024年の株主総会前日までのテスラ株は813%も上昇しているのです。

これはS&P500の97%、ナスダック100の172%の上げと比べると、良いパフォーマンスです。この報酬パッケージに含まれる、マスク氏にとってのストック・オプションの価値は約511億ドル(約8.03兆円)と評価されています。

実現化進める人型ロボット

マスク氏は2024年3月末時点でテスラの12.89%の株主なので、今回のオプションが無事行使された場合、彼個人のテスラの株主比率は2割を超えてくる計算になります。今回の株主総会では72%に相当する株主が報酬パッケージを承認したとされました。引き続きテスラが成功するためにはマスク氏が必要であるという株主の気持ちが表れています。

マスク氏は、テスラ以外にもスペースX、X(元ツイッター)、ボーリングカンパニー、xAI、ニューラリンクなどの会社を保有しており、株主からはテスラの経営に全力を尽くしていないことを懸念する声が出ていました。

このパッケージが承認されない場合、これまで以上に同氏が他の企業の経営にフォーカスするのではないかという見方もあったのです。しかし、承認されたことでこれまで以上にテスラの株主との利害関係が強化されることになる訳ですから、テスラの将来に対してホッとした投資家は少なくなかったと思います。

この結果に気をよくした為かは分かりませんが、マスク氏は、テスラが実現化を進める人型ロボットのオプティマスの利益が年間1兆ドルに達し、PERが20~25倍程度の評価で、テスラの時価総額を将来25兆ドルへと増やすのに貢献するだろうと語りました。具体的にいつまでとの時間軸には触れなかったものの、現在のテスラの時価総額は5800億ドルですから、ここからテスラの価値は40倍以上跳ね上がるという意味です。現在のS&P500の時価総額はおよそ45.5兆ドルですから、テスラは将来、現在のS&P500の価値の半分以上に相当するということになります。

マスク氏は、まずはテスラが2025年にオプティマスの「限定生産」を開始し、自社工場でテストすると語りました。2025年には、「1,000台以上、あるいは数千台のオプティマスロボットがテスラで働くようになるだろう」との予想を明らかにしています。

将来、収益の9割はロボタクシーから

たまたまですが、先週はこれまで長い間テスラの見通しに非常に強気なスタンスを持つ、アーク・インベストのキャシー・ウッド氏も2029年のテスラの目標株価を2,600ドルと発表しました。これまで同氏は2027年に2,000ドルとしていました。

ウッド氏が予想する2,600ドルの価値の9割は、この夏テスラが何らかの発表をする予定のロボタクシー事業の展開によるものとしています。ロボタクシーとは、自社開発中の「FSD」と呼ばれる自動運転技術を搭載した自動運転タクシー事業のことです。FSDによる自動運転が可能になれば、毎月料金を払い、FSDを使うテスラ車のユーザーも増えてくるかもしれません。そうなれば、アップルのような利益率の高いソフトウエアのサブスクモデルからの売り上げも増えてくるでしょう。

ウッド氏の調査では、将来のEV販売事業に由来するテスラの価値は1割程度しかありません。ウッド氏にとっては、現在テスラ車が何台売れたかということだけでテスラの価値を議論するのはナンセンスなのでしょう。この2,600ドルの予想は、ベースケースの予想であり、強気のシナリオでは3,100ドル、また弱気のシナリオでも2,000ドルとなっています。

もし、テスラの株価が2029年に2,600ドルになったとすれば、先週6月14日(金)の株価178.01ドルからおよそ15倍上がるという計算です。先述のマスク氏の予想値40倍と比べると少しは現実的な見通しに思えてきます。

テスラの調査を行なっている多くのウォール街のアナリストらは、現時点でのロボタクシーの価値をテスラの価値には取り入れてはいません。8月8日に発表が予定されているロボタクシーの全容が期待されるところです。