ESGファンドの提案差し止めで勝訴
エクソン・モービル[XOM]とカリフォルニア公務員退職年金制度(CalPERS)が対立していることについて、どう思いますか――。
筆者が5月22日から23日に開催された責任投資に関する日本で最大規模のイベント「RI Japan」会場で世界各国の機関投資家の多くからいただいた問いだ。世界きっての石油大手のエクソンと、同社の急速な気候変動対策の進展を求める投資家らが大きく対立した事案に世界が注目した。
ことのあらましはこうだ。1万1000人以上の個人株主らと協力し、世界の石油大手企業に対して再生可能エネルギーへの事業転換を求めるオランダの株主擁護団体のFollow Thisと、米マサチューセッツ州を拠点とするESGファンドのArjuna Capitalはエクソンに対してさらなる排出削減を約束することを求める株主提案を提出した。
これに対して、毎年のように複数の株主から同様の株主提案に直面してきたエクソンは「アクティビスト側が極端な考えで動いており、度重なる株主提案は投資家の利益に資することはなく、長期的な株主価値を高めるものではない」として、Arjuna Capitalを相手取り2024年1月に米国管轄地域の地方裁判所に提案の差し止めを求める訴状を提出した。
なぜ訴えを起こしたのか。エクソンには2021年の再来を防ぎたいという意図もあったのだろう。3年前、同社に対して米ヘッジファンドのEngine No.1が気候変動対策の遅れを理由に取締役候補4人を推薦する議案を提出し、うち3人が株主の賛成多数を獲得して選任された。この事例は歴史的な出来事として世界各国に知れ渡った。
Follow This代表のMark van Baal氏は「エクソン社は、株主に年次総会での投票の自由を認めるよりも、法廷で争うことを望んでいることを理解した」とし、株主提案を取り下げた。一方、米Yahooファイナンスの取材に対して「これで会社側が法廷闘争を続ける理由はなくなったのではないか」と釘を刺した。しかし5月下旬、当該事案管轄の地方裁判所はエクソン側を支持する判決を出した。
そして5月29日に実施された年次総会でエクソンの取締役の選任比率は平均95%となった。株主総会後に世界のメディアは2024年に限ってはエクソンに軍配が上がったと報じている。エクソンの会長兼最高経営責任者(CEO)のダレン・ウッズ氏は「長期的価値を創造する当社の能力を阻害する4つの提案すべてを否決したことで、当社が正しい道を歩んでいるとの信念を示すもの」と勝利を誇るコメントを出した。
ESGにまつわる分断、鮮明に
エクソンの総会がなぜここまで注目を集めたのか。それは、総会が近づくにつれ、米国の主要な経済団体や投資家が立場を明らかにしたからだろう。
米国の主な経済団体らはエクソン側を支持する動きに出た。米国商工会議所 (U.S. Chamber of Commerce)と米国の主要企業らで構成されるビジネス・ラウンドテーブルは2024年2月末、米連邦裁判所にアミカスブリーフ(第三者が、事件の処理に提供する有用な意見や資料のこと)を提出し、当該の株主提案に対するエクソンの異議申し立てを支持する姿勢を表明していた。
米E&Eニュースの報道によると、両団体はこの株主提案は「エクソンの中核事業であるエネルギー事業を直接犠牲にし、社会的・政治的目的を追求するためのもの」であるとの考えをまとめた。そして、テキサス州北部地区連邦地方裁判所が介入し「この権利の乱用に立ち向かう」必要があると述べたという。
一方で、エクソンに対して国内外から厳しい目を向ける投資家らは、Follow ThisやArjuna Capitalを擁護するとともに、次のように議決権行使の意向を明らかにした。
・ノルウェー政府の年金基金: 取締役1人の再任に反対票を投じる意向を表明
・CalSTRS(カリフォルニア州教職員退職年金基金):取締役1人と会長のウッズ氏の再任に反対票を投じる意向を表明
・ニューヨーク州の年金基金:2人を除く全取締役の再任に反対票を投じる意向を表明
・ロベコ:会長のウッズ氏の再任に反対票を投じる意向を表明
とくに、エクソンの姿勢に大きな違和感を示したのはCalPERSだ。CalPERSはエクソンの取締役会のメンバー12人全員とその最高経営責任者の再選に反対する意向を表明した。そのうえで、マーシー・フロストCEOらは年金基金加入者に宛てた書簡の中で「エクソンが株主の声を封じ、株主民主主義のルールを覆すことに成功したら、企業のリーダーたちは他にどんなテーマを立ち入り禁止にするのでしょうか」と株主らが企業と対話する権利が侵されていると危機感をあらわにした。
フロスト氏は5月29日、株主総会当日にCNBCのニュース番組にも出演。「エクソン側がこの事案についてガバナンスの問題として捉えてくれることを願っています」と前置きをしたうえで「皆さんには、同社に提出された株主提案には法的拘束力がないことを忘れないでほしいのです」と話し、視聴者に理解を求めた。
同日、米国商工会議所の資本市場競争力担当部門でヴァイス・プレジデントを務めるトム・クワッドマン氏も同局の番組に出演。「2,000株相当の株を購入するだけの投資家が、企業を廃業させる戦略を立てることができるでしょうか」とCalPERSのフロスト氏に反論した。
しかし、前述の通り勝利の女神はエクソン側に微笑んだ。Follow ThisのMark van Baal氏は英紙フィナンシャル・タイムズに「投資家のほとんどは、エクソンが株主に対して行っている訴訟、つまり株主の権利が攻撃されていることに懸念を表明する機会を逃しました」とコメントを寄せている。
「もしトラ」でESG失速も
今回の事例を引き合いに「環境活動家が企業価値向上に直結しない議案を出し続けることを規制するのは妥当だ」と話す市場関係者も少なくない。実際、2024年の米大統領選挙でトランプ氏が再選され、新たなSEC委員長を任命することになれば、株主アクティビズムにおける時代の振り子はより「アンチESG」に振れることになるとみられる。以前の任期中にトランプ氏が大統領としてSECの委員長に任命したジェイ・クレイトン氏は、否決された株主提案が翌年以降に再提出されるために必要な賛成比率のハードルを高めたことでも知られるからだ。
トランプ氏が大統領に返り咲くと、バイデン政権でSEC委員長を務めたゲーリー・ゲンスラー氏のもとで採用されてきた株主提案に関する寛容な指針の一部が撤回される可能性も指摘される。しかし、欧州の投資家や米国の沿岸部の州の年金基金を中心に「今回のような結果が出たからと言って、投資家が気候変動やガバナンスから関心を逸らすわけでは全くない」との声も聞かれる。
実際、米国最大の株主擁護団体AsYouSowは6月3日に発表した声明で「エクソンは会社の将来の方向性について質問した投資家を公然と誹謗し、中傷した」と同社を痛烈に批判。同CEOのアンドリュー・べーハー氏は「株主は(Netflixのようなストリーミングが登場し市場シェアを失った)ブロックバスターや(かつてカメラで一世を風靡した)コダックのようにエクソンが過去にこだわるのか、それとも新しいエネルギーの未来に向けて革新を始めるのかを知りたがっている」と気候変動問題を問題にする株主こそ企業の長期株主であるという立場を改めて表明した。
同時に、米国の一部の州では企業側が抱える訴訟リスクも膨らんでいる。5月30日には米国のバーモント州で、石油企業に気候変動被害に対する金銭的責任を負わせることを可能とする法律が制定された。
英紙ガーディアンの報道によるとこの法律が施行されれば、バーモント州当局は2026年1月までに、1995年から2024年の間に排出された温室効果ガスによる公衆衛生、生物多様性、経済発展への影響を含む州への総費用を評価することになる。その後、連邦政府のデータをもとに、個々の汚染者にどれだけの損害賠償を請求するかを決定することになるという。
気候変動にまつわるリスクと機会が交錯するなか、日本も本格的に株主総会シーズンを迎える。金融機関や電力会社、製薬会社や製鉄会社や自動車会社に提出された気候変動に関する議案が審議される予定だ。