オーストラリア拠点の非営利組織が存在感

2024年4月に閉幕したG7サミットの会合で、「2035年までに石炭火力発電を段階的に廃止する」方針が明記され、共同声明が採択された。さらに興味深いのは、この動きに呼応するように、5月9日に日本国内の電力会社への電気販売を行う電源開発(9513)が2030年度までに国内で運転する石炭火力発電所5基を休廃止すると発表したことだ。同社は2023年まで2年連続で国外の機関投資家と非営利組織のACCR(オーストラリア企業責任センター)による共同の株主提案に直面していた。ACCRは電源開発による石炭火力発電所5基の休廃止に伴い、合計で1,620万トンのCO2放出を防ぐことができると推定している。

直近の数年間、日本企業に対する投資家を巻き込んだはたらきかけを通じて日本市場で存在感を放ってきたのがオーストラリアを拠点とするマーケット・フォースとACCRの2団体だ。2023年に続きマーケット・フォースによる株主提案に直面する金融機関は、サステナビリティに関する指針変更や取締役会の考えを開示している。ACCRや機関投資家によるはたらきかけを受けた日本製鉄(5401)は高炉から電炉を用いた製鉄プロセスの研究を開始したといい、JFEホールディングス(5411) はCO2を2030年までに2013年度比30%削減するという現在の目標を上回ることに焦点を当て、排出削減目標を毎年検討することを約束したという。

 ウッドサイド・エナジー・グループ[WDS]への圧力

オーストラリアを拠点とする2団体は、世界各国の高排出企業に対して、機関投資家や年金基金を巻き込み、激しいはたらきかけを行ってきた。日本では比較的建設的かつ柔和な対話が続いているというが、本国オーストラリアではより厳しいはたらきかけが続き、投資家の賛同を続々と取り付けている。

実際、2024年4月に実施された豪エネルギー大手のウッドサイド・エナジー・グループ[WDS]の株主総会では、過半数に相当する58.4%の株主が同社の気候変動対策に関する報告書の内容に反対票を投じる、という珍しい事例が誕生した。ただ、株主の過半数が同社の気候変動対策に反対票を投じたからといって、企業は法的拘束力のもと対応策が迫られるわけではない。

それでも、株主総会を迎える前の段階でAllianz Global Investors, AustralianSuper, Aware Super, CalSTRS Florida State Board of Administration, HESTA,  KLP,  Legal and General Investment Management (LGIM),  Anima Sgr といった多数の投資家や年金基金が同社の気候変動対策に関する報告書の内容について事前に反対を表明しており、経営陣への大きな圧力がかかったという。

ウッドサイドに対する投資家からのはたらきかけは

・2021年:株主の19%が、ウッドサイドが石油・ガス事業の縮小戦略を推進する内容の株主提案に賛成票を投じた。

・2022年:株主の49%がウッドサイドの気候変動計画に反対票を投じた。

・2023年:株主の35%が同社取締役イアン・マクファーレン氏の再選に反対票を投じた (気候変動対策が不十分であるという理由であることが多かった)。

と、数年間にわたる激しいもので、投資家の要求もエスカレートしてきた。2024年の株主総会では上述の結果に加えて、16.61%の株主がリチャード・ゴイダー会長の再選に反対票を投じた。

マーケット・フォースCEOのウィル・ヴァンデポール氏はこの結果を受け「あまりにも多くの投資家が同社の経営陣の責任を追及しきれていないことが示された。同社が気候破壊の道を突き進むのを阻止するため、投資家は複数年連続で取締役を更迭しようとしており、さらに圧力をエスカレートさせなければならない」と述べている。

なお、ACCRは、同社がリスクの高まる石油・ガス開発のために株主の資金を使う代わりに、自社株買いを通じて株主に資本を還元することを検討するほうが合理的ではないのかと、という手厳しい内容の質問を同社に投げかけている。

日本の大手企業にも続々提案

日本でも2024年6月の株主総会シーズンが近づき、上場企業に提出された株主提案が次々と明るみになってきた。5月15日時点で三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)、三井住友フィナンシャルグループ(8316) 、みずほフィナンシャルグループ(8411)、中部電力(9502)、トヨタ自動車(7203)、わかもと製薬(4512)や大阪製鐵(5449)といった上場企業が気候変動対策に関する株主提案に直面していることが明らかになっている。

日本では気候変動に関する株主提案が可決された事例はまだない。しかし、一定の割合を超える賛成比率を獲得した場合、投資家は企業に対して取締役会の考えを開示することを要求していくことも十分に考えられる。

他国の事例をみると、その傾向がより顕著だ、英国のコーポレートガバナンス・コードでは「2割以上の株主が取締役の推奨に反する形で票が投じた議案がある場合、企業は議決権行使結果の開示時に株主とどのように協議をする方針なのか説明を行うべき」と規定されている。そして、企業は株主総会の開催日から半年以内に実際に取った措置に関して情報開示をすることが求められる。

2021年に石油大手のシェル[SHEL]に提出された気候変動対策に関する株主提案が3割あまりの株主の賛同を集めた際は、同社は実際に取った対応について開示している。日本でも、投資家からのはたらきかけの対象になっている企業は、6月の株主総会で可視化される投資家の意思表示の度合い次第で、さらに細やかな情報開示を要求される可能性が高い。