◆「モンタナ州ヘレナに生まれた。4つの時シャイアンにいた。12の時アビリーンにいた。16の時デンバーにいた。(中略)28の時サンアントニオにい た。荒野はどこへ行っても故郷だ。」 作家・片岡義男のナレーション。荒野で独り、淡々とバドワイザーの空き缶を拳銃で撃つウォーレン・オーツ。82年、 パイオニアのコンポーネント・カーオーディオ「ロンサム・カーボーイ」のCMだ。音楽はライ・クーダーの「Go Home, Girl」だった。
◆ライ・クーダーほど、一括りにその音楽性を表現することが難しいアーティストはいない。あえて言えばワールド・ミュージック。アメリカはもちろん、世界 のルーツ・ミュージックの探究者でもある。だからだろう、ライ・クーダーの音楽には旅愁が募る。盟友の映画監督、ヴィム・ヴェンダースの「パリ、テキサ ス」でも音楽を担当した。ロードムービーの金字塔である。
◆「パリ、テキサス」から15年後、ヴェンダース監督は「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を撮る。ライ・クーダーとキューバの老ミュージシャン達の演 奏を中心にキューバの日常を描いた音楽ドキュメンタリー映画である。その映像は、キューバ危機の翌年に生まれた僕が観た初めてのキューバであった。
◆米国のオバマ大統領とキューバのカストロ国家評議会議長がパナマで会談した。両国首脳の会談は59年ぶりで、1961年の国交断絶後初めて。メディア は、「東西冷戦の<遺物>だった米キューバの対立は解消に向けて大きく動き出す」と報じた。ベルリンの壁もソ連も崩壊し、冷戦終結から四半世紀経った今、 両国の国交正常化それ自体に大きな政治・経済的な意味はない。しかし、それは、他の中南米諸国との関係にも微妙な変化をもたらす一石を投じることになるだ ろう。目先は、原油価格の低迷で財政難にあるベネズエラが、その反米スタンスをどう変えるのか、注目が集まるところだ。
◆キューバにも今後はアメリカの文化がゆっくりと、だが確実に押し寄せることになるだろう。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に映ったハバナの情緒豊 かな街並みも、やがて変容していくのだろう。だが感傷は不要である。いまや世界はボーダーレスにつながっている。西も東もない。それは30年前、アメリカ の荒野に響いたライ・クーダーのギターが、15年前の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」でもまったく同じ音色だったことに象徴される事実である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆