世銀の試算後賃金の不公平さについて、関心が高まる

「女性の平均所得は男性の52%に留まっているが、この差を縮めるには257年かかる」。世界経済フォーラムが2020年に明らかにした試算には衝撃的な文言が並んだ。以来、世界的に企業職場における人種間や男女間の賃金格差に対して投資家の関心は非常に高まっている。賃金の不公平は人種や性別を超えて根強く、どの業界や地域も無縁ではないとの見方が定着しているからだ。

米国の資産運用会社のアルジュナ・キャピタルや企業と投資家の対話を分析する非営利団体のProxt Impactが2024年3月11日に公表した報告書 ”Racial and Gender Pay Scorecard” の2024年版には、興味深いデータが並んだ。同報告書によると、米国では黒人労働者の賃金は対白人労働者の81%で、2023年にフルタイムで働く女性の賃金は、男性に対して84%にとどまったという。また、女性役員が受け取る収入は男性役員に対して72%の水準に過ぎないという。

米国では株主提案急増

同報告書では、シティグループ[C]、 バンク・オブ・ニューヨーク・メロン[BK]、マイクロソフト[MSFT]など、過去にアルジュナ・キャピタルと腰を据えて対話を行ったことが話題となった企業が高い評価を受けている。一方で、報告書の共同執筆者でProxy Impact・CEOのマイケル・パッソフ氏は「(報告書で示された)賃金格差は同一労働同一賃金が欠如していることを示している。より重要なのは、女性やマイノリティが高賃金の仕事に就く機会の欠如が示されていることだろう」と述べている。

Institute for Women’s Policy Researchによると、現在の米国における賃金格差の解消スピードを前提とすると、女性の賃金が男性の水準に達するのは2059年である。黒人女性に限定すると2130年、ラテン系女性に限っては2224年まで待たなければならないという。

このような現状を受けてか、アルジュナ・キャピタルが開催したウェビナーにおいて、人的資本のデータを扱うDiversityIQ・CEOのJoshua Ramerは投資家が企業に賃金格差の開示を求める動きは依然として強いことを明らかにし「米国の2023年の株主総会シーズンには賃金の公平性に焦点を当てた内容の株主提案は過去2年の2倍に相当する16件が提出された」ことを指摘した。

Ramer氏によると、このうち株主による投票にかけられた株主提案は平均で34%の賛成比率を獲得し、他のESG関連のテーマに関する株主提案の水準よりも高かったそうだ。また、過去10年間でみると、76件の株主提案が株主による投票にかけられ、うち14件が可決されたという。2024年の株主総会シーズンには、既に米国企業に対して15件の株主提案が提出されているという。

投資家も投票で後押し

投資家も投票行動でこれらの株主提案を後押ししている。2023年にはアルジュナ・キャピタルが米国の小売大手クローガー[KR]に提出した男女・人種間の賃金格差に関する株主提案は、株主の賛成多数(51.89%)を獲得したという。同年には世界最大の資産運用会社であるブラックロック[BLK]、ネットフリックス[NFLX]、ビザ[V]といった米国の主要企業にも株主提案が提出されたものの、これらの企業は情報開示を行うことに同意したため、取り下げられたという。企業側も素早く投資家のニーズに応えるようになっている。

米国を起点とした、企業に賃金格差開示を求める動きは世界各国に広がりつつある。実際、アルジュナ・キャピタルによると英国、オーストラリア、日本に拠点を置く企業は、男女間の給与格差を開示することが義務付けられるようになったという。

英国では2018年以降、時間給と賞与給における男女間賃金格差の中央値と平均値を未調整のまま公表することを企業に義務付けている。オーストラリアでは2023年3月に従業員100人以上の企業に対し、男女間賃金格差の中央値を公表することを義務付ける「男女間賃金格差の解消法案」が可決された。

米機関投資家、日本にも関心

日本も2022年に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」を改正し、2023年6月から従業員300人以上の雇用主に対して平均男女賃金格差の開示を義務付けている。

企業の賃金格差を調査するPayanalyticsによると、日本の男女間賃金格差は22.1%で、G7諸国の平均11.7%のほぼ2倍の水準が残っており「日本の多くの女性は、上位レベルのポジションに到達する可能性が低いことを知っているため、キャリアを追求しないことを選択しています。また、労働者が年を取るほど、賃金格差が大きくなる傾向があります」と指摘されている。

筆者も米国を拠点とする機関投資家から「日本企業に残る賃金格差の現状と、働きかけをするうえで心がけたほうが良いことを教えてほしい」という問い合わせを頂いた。企業に株主提案が提出されたとしても、企業が投資家と対話を行うことで、株主提案が提出されたことが明るみにならないケースも多々あるという。投資家によるこのような問題提起は、企業が抱える構造的な問題を先んじて解決する機会にもなるため、ぜひ積極的に対話に応じていただきたい。