今日は極めて私的なことを書き留めますがご容赦下さい。

先週2月1日は、私にとって特別な日でした。49年前の2月1日に、私は兄を亡くしました。3年3ヶ月違い、4学年違いの兄は、中学3年の夏に体に痛みを覚え、10月1日に入院し、4ヶ月後に亡くなりました。私が小学5年の時です。生きたくても生きられなかった兄と、生かされている自分。そのことが私の生き方に決定的に大きな影響を与え、以来私は、常に兄のことを思って生きて来ました。

自分は他人にはなれない。誰か輝いているあの人みたいになりたいとか、そのようなことは夢にも思わない。しかし兄の分まで生きよう。自分は自分以外にはなれないけれど、自分の二倍を生きよう。もちろんそれは無理でも、自分の120%を生きよう。それが私の心の中で兄に対する約束となり、自分を使い切ること、他人のようになろうとはしなくとも、自分を回し続けること、そしてちょっとでも100%より多めに回すこと。それが私の生き方になりました。

兄が亡くなったちょうど1年後の2月1日に開成中学の入試があり、私は開成中学に進学することになりましたが、毎年2月1日は、私にとって一年の中で最も特別な日として年月を数えました。その日はお寺の朝課に読み込んでいただいたりして来ましたが、先週は遂に五十回忌を執り行いました。親族や兄の幼馴染みを呼んでの法要。多くの思いが巡りました。その日の朝、日経新聞の交遊抄に、開成の友人による私の記事が載りました。偶然です。またその日の朝はジョギング中にも、いくつか不思議なことが起きて、何か賑やかと云うか、色んな人が大集合と云う感じでした。その日は晩も、急遽別の開成の友人にも会うことになりました。朝から涙もちょっと出て、一日が終わるとどっと疲れてしまい、泥のように眠りました。

五十回忌は弔い上げとも云います。これからもずっと、私にとって特別な日であり続けますが、それでもやはり、ひとつの区切りなのかも知れません。ですから先週の2月1日は本当に特別な日でした。このような私的なことは、直接的な表現ではこのつぶやきに書かないようにしてきたのですが、これも弔い上げの一環として、今回だけは書き留めさせていただきました。皆さまにはこのような文章を読ませてしまい、本当に申し訳ありません。何卒ご容赦下さい。