◆先週金曜日の小欄の最後で、<株式相場という名のトラック>と書いた(【新潮流】第9回「恐怖の報酬」)。もちろんテネシー・ウィリアムズの名作戯曲『欲望という名の電車』を意識しての比喩である。
◆『欲望という名の電車』という芝居は、あらすじを伝えてもまったく面白くない。この劇が名作とされるのは、人間の「業」の凄まじさ、悲しさ、罪深さを苛酷なまでに徹底して描いているからだろう。それゆえ主人公ブランチは難役で、演じる俳優(女優)の力量が問われる作品である。米国ではヴィヴィアン・リー、日本では杉村春子など一流の女優が演じてきた。
◆主人公の人物造形は重層的かつ複雑である。時代的・地理的背景に加え属人的な性格破綻。要約してコラムで紹介するのが難しい。それに比べれば株式市場のほうがまだ素直で捉えやすい。そうは言っても足元の相場は「下値不安が薄らいで上昇した」とのひとことでは片づけられない様相となってきた。つい数週間前の相場は、まったく覇気が感じられなかった。それがこの変わりよう。ノンバンクや証券などの金融株や不動産、建設、新興市場のゲーム株などが物色されリスク選好の動きが鮮明となっている。日経平均は昨日、約2か月ぶりに1万5000円の大台を回復した。
◆劇はブランチの台詞で幕が開く。「<天国>へのアクセスポイント。あなたがどこにいようと構いません。今すぐその場から<欲望>という名の電車に乗りなさい。気がつけば<墓場>という名の電車に乗り換えていることでしょう」 欲望に駆られて再び走り始めた株式相場という名の電車。くれぐれも行先を間違えないようにしてもらいたい。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆