◆「民主主義というのは単にひとつの方法・手段であってそれ自体に価値はない。戦後の日本では平和などと付け合せにされて誤解と混乱を生じた。平和の状態はそれが理想や善そのものではなく、その上で何をするか、何をしたいかなのである。」 福田恆存氏の言葉。戦後の日本を代表する評論家であり、翻訳家であり、演劇人でもあった。1994年11月20日没。つまり20年前の昨日が彼の命日だった。
◆舞台裏をさらすようで恥ずかしいが、このコラムを書くようになってから昔の手帳を繰ることが多くなった。僕はメモ魔で、いろいろなことを手帳に書き付けている。80年代の終わりから、そうして書きためてきた手帳が20数冊に及ぶ。20年前の今日、11月21日の欄には「福田恆存、没。82歳」とあった。それを書いた時、僕は、氏が亡くなった翌日に訃報に接して手帳に書きとめたのだが、1日間違えて記入していたというわけだ。と、いうことで没後20年と1日経った今日になってこの批評家を取り上げる次第である。
◆批評・評論の分野では僕がよく引用する小林秀雄という巨星がある。それ以外で有名どころを挙げれば吉本隆明(ばななのお父さんである)や柄谷行人などだろう。福田恆存は古いし、それに「右」寄りと思われることもあってあまりポピュラーではないかもしれない。それでも福田恆存は鋭い批評眼を持っていたと思う。冒頭に引用した文章には確かにキレがある。但し、その解釈は危険性をも孕む。
◆今日、衆院が解散される。「(再増税延期で)信を問うのは民主主義の王道と言ってもいい」。安倍首相は解散を表明した記者会見でそう語った。今回の衆院選は各党の経済政策を問う選挙になるというのがメディアの論調だ。しかし、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法など、憲法の平和主義や知る権利にかかわる重大な問題については争点にならないのだろうか。主要メディアはあえて触れないようにしている感がある。
◆福田恆存はかつてこう述べた。「ガラス張りという言葉を人びとは好むが、これほど危険なものはなく、何でも見えるようにしておくと、人は必ず何か大切なものを見落とすのである」 巧い文章というのはギリギリのところを突いてくるから一歩間違うと詭弁とも映る。師走の選挙を控えて、巧みな言説やきれいな言葉に惑わされることなく、自分の考えをしっかり持つようにしたい。これだけの雄弁家・福田恆存そのひとにして「言論は空しい」という言葉を残しているのが感慨深い。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆