◆今週はノーベル賞について書いてきた。日本人3名の受賞もあってニュースで取り上げられることも多く、タイムリーな話題であった。小欄への読者からの反響も普段よりも多かった。そのなかで目についたのが「なぜ日本人のノーベル経済学賞受賞はならないのか」というコメントであった。小欄の読者におかれてはノーベル賞のなかで経済学賞がもっとも関心のあるところだろう。僕もそうである。

◆今年のノーベル経済学賞は、仏トゥールーズ第1大学のジャン・ティロール教授に授与されることが決まった。ノーベル経済学賞は米国人の受賞が半数以上を占めてきた。米国人以外が受賞するのは、英国とキプロスの国籍を持つクリストファー・ピサリデス氏以来とのこと。ノーベル経済学賞は米国人の受賞が半数以上 - それは米国が「経済大国」であり続けてきた事実と表裏一体のことであろう。米国は、いろいろな問題も孕みながら、それでもなお世界一の経済大国の座を維持し、ドルは基軸通貨の座を譲っていない。理論と実践がうまく機能してきたと言える部分は少なくない。

◆「いろいろな問題も孕みながら」と述べたが、最たるものはリーマン危機を引き起こしたと批判される金融工学であろう(個人的には、危機を引き起こしたのではなく、危機を引き起こした「犯人」の片棒を担いだ程度であると思う)。そのファイナンス分野の受賞は過去3年ある。初めてが90年のマーコビッツやシャープら。97年のショールズとマートン。そして昨年のファーマ、シラーたちである。

◆青山学院大学の社会人MBAクラスで教壇に立っている。MBAは経営学の修士課程であるが、主要科目はマーケティングやオペレーションズ・リサーチ的な科目とファイナンス的な科目とに大別することができる。ところが最近はファイナンス系科目の人気がない。リーマン危機で「金融は死んだ」とまで言われたことが影響しているのだろうか。カネを右から左に転がすだけの金融業は自ら何も生み出していないことから「虚業」であるとの批判も絶えない。

◆それでも米国ではMBAを卒業した優秀な若者の多くがウォール街を目指す。米国では金融業はなお魅力的な産業のひとつであり続けているからだ。翻って日本の金融業はどうか。MBAでのファイナンス人気のなさを思うと心許ない。昨年のノーベル経済学賞を受賞した「バブルの研究」で知られるロバート・シラー教授は『それでも金融はすばらしい』という本を書いている。今度、MBAのクラスで教科書として使おうか。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆