「組織票」が動きづらい米国、個人投資家の議決権行使に脚光

米国では早くも秋口から新年度の株主総会シーズンが始まる。米国のシンクタンク、マンハッタン・インスティチュートが運営するプラットフォームの Proxy Monitor がまとめている「2023 Score Card」(2023年にFortune 250企業に提出された株主提案一覧)を覗くと、既に9月の中旬以降に予定されているナイキ[NKE]やフェデックス[FDX]といった有力企業の年次総会に向けて、続々とESGに関連した株主提案が提出されていることが確認できる。

ところが、米国では保守派による反ESGの機運が衰えておらず、ESG投資が政治的なトピックになったことで、2024年の米国の大統領選が一段落するまでは機関投資家によるESGに関連した株主提案の支持率が伸びることは困難との見方が強い。実際、8月末に米・大手資産運用会社のバンガードが発表したところによると、同社が2023年にESGに関連した株主提案に賛成票を投じた割合は2%と、2022年の12%から大幅に低下したことが判明した。世界最大の資産運用会社のブラックロックも、同社が2023年E(環境)やS(社会)に関連した株主提案に賛同した割合は7%(2022年は22%)だったことを発表した。

このように民間の大手機関投資家による投票行動、つまり「組織票」の動きが保守的にならざるを得ない状況が続く一方で、個人投資家による株主提案や議決権行使の活発化の兆しもある。近年、個人投資家の積極的な議決権行使を促すための独立系のサービスが続々と登場しているからだ。最も幅広くユーザーにユーザーに知られるようになったのは英国発のスタートアップ・Tulipshareだ。

Tulipshareはオンライン証券会社のように個人投資家に特定の株式を販売すると同時に、ESG分野に特化した株主アクティビズムに関するキャンペーンに参加することを促している。個人投資家(ユーザー)はTulupshare のキャンペーンプラットフォーム上で興味を持った株主提案を選択し、株主としてキャンペーンに参加できる。Tulupshareは米最大手の株主擁護団体のAsYouSow (2022年7月から2023年6月の1年間に111件の株主提案を提出)等と連携していることから、個人投資家は株式の購入と同時にESGに関連する多様な株主提案を支持できるという仕組みになっている。

 個人投資家らがけん引したキャンペーンが企業行動を変える

実際、Tulipshareと個人投資家らがけん引したキャンペーンが大きな成果を生んだ事例もある。ここでは、米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)[JNJ]と米IT大手アップル[AAPL]に対して展開されたキャンペーンを紹介したい。J&Jはタルク(滑石)を原料とするベビーパウダーの製造・販売を行っていた。しかし2020年、同製品にアスベスト(石綿)が含まれていることが判明した。そしてJ&Jを相手どり、卵巣がんを発症したとして女性や遺族らが数万件にのぼる訴訟を起こす事態にまで発展した。同社はこれを受けて2020年、米国でのタルクベースのベビーパウダーの販売を中止した。

ところが、株主らは依然として米国外での製品の販売は続いていたことを問題視した。そこで、Tulipshareは2022年、同社のタルクベースのベビーパウダーの世界販売を中止することを求める株主提案を提出した。株主の賛成比率は15%台に留まったものの、議決権行使助言会社のグラスルイスは「タルクベースのベビーパウダーの販売をすべて停止すれば、同社の評判へのダメージを修復するのに役立ち、北米以外の市場で起きうる訴訟、罰金を防ぐことができる可能性がある」として株主の提案への賛同を推奨した。同社はこれらを受け、2022年8月に、2023年をもってタルクベースのベビーパウダーの販売を終了することを発表した。

また、Tulipshareがアップルに展開したキャンペーンはより幅広い株主を巻き込んだ動きとなった。Tulipshareは2021年、特定の国でアップルが運営するApp Store(アプリストア) から特定のアプリケーションが削除されたことを問題視した。英紙フィナンシャル・タイムズによると、中国のApp StoreからWhatsAppやSignal といったメッセージアプリのダウンロードは許可されていない。

これを問題視したTulipshare、キリスト教系ファンドのAzzad Asset Managementらの株主は2022年、Appleに対して大きな動きを見せた。これまで同社の政府からの要請に応じたか、政府からの要請を予期してアプリストアから削除されたアプリの数とカテゴリーについて説明する報告書を作成するよう求める株主提案を提出したのだ。株主提案は31%台と高水準の賛成比率を獲得した。そして、Appleは2023年に入ってから特定の国で特定のアプリを削除したことの開示の強化を約束した。

議決権行使の民主化はスタートアップと大手資産会社の注目テーマ

このように、米国では個人投資家の意向を株主総会の場で表明することで、企業行動の変化に繋げるサービスが一定の結果を生む事例を残している。米国ニューヨーク州に拠点を置き、個人投資家向けに議決権行使の民主化に取り組むスタートアップのTroopでCEOを務めるFelix Tabary氏は株主アクティビズムにおける個人投資家の役割について次のように語る。

個人投資家は、幅広い事柄を考慮して投資しています。個人投資家が特定の企業に親しみを感じるのは、その企業が製造する車に乗っているからという場合もあれば、ある企業が経営するスーパーマーケットに行くから、ということもあります。個人投資家はこのような形で企業と接点を持つことができる存在なのです。

大規模な年金基金や資産運用会社もありますが、個人投資家はより大きな影響力を発揮することができ、より幅広く物事を捉えることができることから、今まで以上に大きな役割を果たすことができると思いますし、そうあるべきだと思います。個人投資家は株式公開されている企業に関する議論により積極的に加わるべきなのです。それが企業の株式が公開されていることの意義なのですから」

ー Felix Tabary (Troop CEO)

Troop CEO のFelix Tabary氏

Proxy Monitorによると、2023年に米国のFortune 250企業に提出された株主提案636件のうち、152件が名目上は個人株主により提出されたものであるという。

一方、日本では個人投資家による企業への働きかけが当該企業の大きな変化を招いた事例は決して多くはない。2021年3月に、ジャスダック(当時の上場区分)に上場していたラクオリア創薬(4579)の定時株主総会で、個人株主によって経営陣の刷新を求める内容の株主提案を提出し、可決された事例はある。それでも日本では「物言う株主」という言葉がある程度定着したように、そもそも株主が投資先企業に意見を伝えることの文化的・制度的なハードルは依然として高い。

しかし、議決権行使の民主化はスタートアップに限らず、大手資産運用会社も予期する流れとも言えそうだ。ブラックロックは2023年7月、米国で個人投資家に対して保有銘柄の議決権行使の選択肢を提供する試験的な試みを実施すると発表した。5月には大手資産運用会社ステート・ストリートも、個人投資家向けに議決権行使に関する選択肢を提供する意向であるとロイター通信が報じている。

個人投資家が株主提案の提出や投資先企業への議決権行使に積極的に関わることができるようになることによって、投資先企業を積極的に変えるという新たな意義が創出され、株式投資への関心がより一層高まる可能性がある。