◆<祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす>。長く栄華を誇った者がその地位から転落する時、決まって引用されるのが平家物語のこの冒頭である。あまりに「ベタ」な感はあるけれど、最近のソニーを筆頭とする日本企業の盛衰を目の当たりにすると「盛者必衰の理」というのを改めて意識しないわけにはいかない。

◆世界最大級の運用会社、ピムコの創業者にして運用の責任者であったビル・グロス氏が同社を退社した。事実上の解任であったという。ビル・グロス氏と言えば、「ボンド・キング(債券王)」と謳われたカリスマ・ファンドマネージャーである。カリスマ・ファンドマネージャーと言えばフィデリティのピーター・リンチ氏の名前が真っ先に思い浮かぶ。リンチ氏が運用していた「マゼラン・ファンド」はかつて全米で最大の資産残高を誇った。

◆しかし「マゼラン」は、パフォーマンスの劣化とともに「最大ファンド」の座をバンガードのインデックスファンドに譲り渡す。そしてそのバンガードのインデックスファンドも、ピムコの「トータル・リターン・ファンド」に「最大ファンド」の座を奪われたのであった。その背景は世界経済が低成長時代に入ったこと。すなわち「株式」から「債券」の時代を迎えたことの象徴だったのだ。

◆時代は巡る。ピムコの「トータル・リターン・ファンド」はパフォーマンスが悪化しファンドから資金流出が続いている。再びバンガードのインデックスファンドが運用残高1位の座を取り戻した。「債券王ビル・グロス、ピムコを去る」というシンボリックな出来事は、長く続いた債券バブルに事実上の終止符が打たれたことを示すものだろう。

◆投了とは不利な方が負けを認め、正式に決着が着くよりも前にゲームを終えることをいう。チェスでは「resign」という。「負けた」という意味だが、「resign」は「辞任する」という意味で使われることが多い。または自分のキングを倒すことでも投了のサインになる。ボンド・キングは自ら「キング」を倒してresignした。しかし、これで終るような男ではあるまい。なにしろ若い時分はラスベガスの賭け事で生計を立てていたという生粋のギャンブラーだ。債券のような「つまらないマーケット」でも大儲けできることを示して見せた実績からして、ギャンブラーとしての実力は折り紙付きである。ギャンブラーが先に来て順番が逆になったが、無論、ファンドマネージャーとしての実力も一級品であることは言うまでもない。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆