◆ライフネット生命会長兼CEOの出口治明さんのお話を聴く機会をいただいた。お話を伺って出口さんはまさに「知性の塊」のような方だとの思いを改めて強くした。出口さんは稀代の読書家でもある。ご著書の「まえがき」でこう述べられている。

<「花には香り、本には毒を」、あるいは「偏見なき思想は香りなき花束である」。本についての箴言では、この二つがたまらなく好きです。いくら美しい花であっても香りがなければ味気ないことこの上ない。>(『ビジネスに効く最強の「読書」 本当の教養が身につく108冊』)

◆こどもの頃はたいていが世界名作全集のような物語を読む(読まされる)。「シートン動物記」とか「赤毛のアン」などだ。しかし、長じるに従って、毒気のある小説を読むようになる。芥川で言えば、「杜子春」を読んでいたのが「藪の中」へ、太宰で言えば「走れメロス」から「人間失格」へ、そして無頼派つながりで坂口安吾へ。さらに三島由紀夫「仮面の告白」、谷崎潤一郎「痴人の愛」へと。

◆新刊本では評判の高い花村萬月『弾正星』を読んだが期待外れだった。本の帯には「血とエロスが吹き荒れるこの悪の爽快感!」との惹句があるし、新聞広告でも「気に食わぬ者は容赦なく首を刎ね、殺害した女を姦通し、権謀術数を駆使して戦国大名へと成り上がっていく。怪人・松永弾正を突き動かすものは、野望かそれとも...!? 」とあったから迷わず買って読んだのだが...。ひとことで言って、甘いのである。甘ったるいのだ。毒がない。「気に食わぬ者は容赦なく首を刎ね、殺害した女を姦通し、権謀術数を駆使して」云々は「飾り」であって本質ではないからである。

◆しかし、1,700円+税は無駄ではなかった。「案ずるな。死ぬまで生きる」のように、ぐっとくる箴言が満載なのだ。ストラテジストとして特に気に入ったのはこのセリフだ。「無銘のよい茶碗があったら、それを割りましょう。そしてなにやら嘘でくっつけましょう。価値のできあがりです。価値とは、もっともらしい嘘、嘘であることを証明できない嘘のことなんですよ」 なにやら最近の証券市場をよく言い表しているかのようではないか。いや、「最近の」は余計だったかもしれない。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆