◆手前味噌だが文章を書くのは割と得意である。「エッセイ教室に通われたりしたのですか?」と訊かれることがあるが、まったくの我流である。但し、私淑している方がいる。竹内政明さん。読売新聞の名コラム『編集手帳』の執筆者である。所詮、素人が書くコラムと、竹内さんの文章とでは雲泥の差、月とすっぽん。少しでも近づきたいと「『編集手帳』の文章術」という本を読んで勉強している。

◆竹内さんが心掛けている10の戒めのひとつに「第一感に従うなかれ」というのがある。将棋のプロは真っ先に浮かんだ手、第一感を捨てると聞いて、プロのコラム書きも同じだという。真っ先に浮かぶアイデアは誰もが思いつく。その例として、最初に挙げられていたのが土用の丑の日。第一感で鰻好きの歌人斎藤茂吉が浮かぶが陳腐過ぎて赤面することなしに引用できないという。僕のレベルにしてみれば、そんなことないのになあ、と思うのだが。

◆さあ困った。今日、土用の丑の日に鰻の話題をとりあげる。真っ先に浮かぶのは、ニホンウナギが国際自然保護連合のレッドリスト入りしたこと、すなわち絶滅危惧種に指定されたニュースだ。でもそのニュースは誰もが第一感に浮かぶだろう。竹内さんに言わせれば、「陳腐過ぎて赤面することなしに引用できない」類の話である。

◆ニホンウナギの稚魚、シラスウナギの漁獲量は長期的に減少傾向にある。50年前は200トンだったのが最近は数トンと20分の1以下に激減した。昨季の3倍と豊漁だった今年でさえ16トンである。河川の護岸化など生息場所の環境変化が減少要因でもあるが、一番の原因は乱獲である。つまり、日本人が鰻を食べ過ぎているのだ。

◆2015年から相続税の非課税枠(基礎控除)が縮小される。不動産価格が高い都市部を中心に新たに課税対象となる世帯が増える。生前贈与などを活用した節税の動きが強まりそうだとメディアは伝えている。われわれは子孫へ資産を残すことに熱心である。一方、財政健全化を叫ぶ声も強く、子孫に負債を残すべきでないと考えるひとが多い。金融資産・負債の将来世代への引き継ぎには熱心でも鰻の将来については、やや配慮が欠けるようだ。

◆結局、誰もが思いつくような無難なネタを書いてしまったが、よしとしよう。竹内さんだって「恥を忍んで第一感に従ったことも何度かある」と告白されている。そして、そういうときは「罰として苦い酒を飲みました」と。よし、僕も竹内さんを見習い罰として苦い酒を、辛口の白ワインによく合う鰻の白焼きを肴に、たっぷりと飲むことにする。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆