テスラ車が選ばれる理由は急速充電設備「スーパーチャージャー」にあり

米EV大手のテスラ[TSLA]は、米国においてセダン車「モデル3」を購入した顧客を対象に、急速充電設備「スーパーチャージャー」の利用を3ヶ月間無料にする特典の提供を開始した。この特典は6月末までの納車スケジュールでモデル3の新車を購入する顧客が対象だ。

この「スーパーチャージャー」をベースにした北米充電規格(NACS:North American Charging Standard)がEV車向け充電規格の標準になる可能性が高まった。自動車業界における充電規格を一本化すべく、大手自動車メーカーのフォード・モーター[F]が5月、そしてゼネラル・モーターズ[GM]が6月に入り、このテスラの充電規格に統一する意向を示したためだ。

フォードとGM車のユーザーは2024年からテスラの充電網を利用できるようになる。フォードとGMが合流することでNACSは米EV市場の7割超を占めることになり、その他の規格は淘汰される恐れが出てきた。6月10日付のウォールストリートジャーナルの記事「テスラが勝利したEV充電巡る戦い」によると、フォードとGMはEVの航続距離を気にする潜在顧客の不安払拭に一歩近づく一方、テスラはフォードやGMと手を組んだことで、米国で「勝利を収めたも同然」に見えると指摘している。

新たな技術が実用化される際の規格争いはこれまでにも繰り返されてきた。例えば、ビデオテープ(VHS、ベータマックス)や、ビクトリア朝時代の英国の鉄道線路幅(狭軌、広軌)がいい例だとのこと。勝利を決定付けたのは、充電器の設置数が多いことと、充電がよりスムーズで安定していることだと指摘している。

また、ブルームバーグは6月14日付の「テスラで最も抜け目のない製品は充電ネットワーク-市場制覇へ着々」と題する記事の中で、テスラの全ての製品の中で最も抜け目がなく、最も戦略的なのは、派手さのないスーパーチャージャーであることが明確になりつつあると述べている。

テスラのスーパーチャージャーは現在、北米、アジア、欧州、中東の多くをカバーしている。テスラの決算発表資料によると、同社は2023年1-3月(第1四半期)末時点で、全世界で5,000近くの充電ステーションと4万5000以上の充電コネクターを保有している。

【図表1】テスラ「スーパーチャージャー」のステーション数とコネクター数
出所:各種データより筆者作成

車のデザイン、ソフトウェアにより常にアップデートされるという斬新さや独創性など、テスラが人々から選ばれる理由はいくつかあるが、他社の追随を許さない大きな要因となっているのがこのスーパーチャージャーだという。テスラが搭載している大容量バッテリーに短時間で充電できる能力の高さが他社にはない人気の秘訣でもある。では、なぜテスラだけが急速充電を可能にできるのか。

テスラは独自に充電設備を開発し、自社で世界へ整備拡充する戦略をとった。最大の理由はまさにここにある。これは、既存の自動車メーカーや、新興EVメーカーとは異なる点だ。

2月21日付のオンラインメディアの「ビジネス+IT」の記事「テスラEVシェア65%…実は人気の秘訣が『充電設備』と言える“最大の強み2点”とは」によると、独自のEV充電規格であるスーパーチャージャーと、きめ細かな充電ステーションの配置、この2つによってテスラは明確な卓越性を示していると指摘している。

まず、後者のきめ細やかな充電ステーションの配置について。テスラは利便性の高い場所へ充電ステーションを戦略的に設置し優位性を高めている。ライバルの充電ステーションの場合、費用面を重視することから、必ずしも利便性の高い場所に展開されているわけではなく、また、視覚的にも見つけるのが困難な場所にあることが多い。

一方のテスラは、自社のEV普及のためにコストを惜しまず充電施設に投資している。これは、ステーションの設置・運営とEV事業経営の目的を一体化させた独自のアドバンテージだと述べている。具体的には、国立公園などの観光地や都心の便利なロケーション、そして主要高速道路沿いに設置しているほか、住宅地に近く利便性の高い場所を選んでステーションを配置している。

またWebサイトやアプリを使って充電施設を丁寧に案内しているという。ユーザーが充電ステーションを検索しなくても自動的に最寄りの施設を教えてくれたり、目的地を入力した場合は、到達までに充電すべき回数や、立ち寄るべきステーションの場所を提案したり、さらには提案した充電時点での推定バッテリー残量や推定充電時間も示してくれるそうだ。

しかし、最大の強みは、競合よりも高速充電が可能な機能性と、故障率の少ない信頼性の高さにあると記事は指摘している。テスラのスーパーチャージャーは最速充電スピードが250キロワット時と、一般的な充電設備の5倍の能力を提供している。このため、200マイル(約320キロメートル)分の充電を15分以内で完了することができる。この能力の高さが、テスラの高級ブランド形成に大きく寄与しているという。

販売台数はトヨタの7分の1だが、1台当たりの利益はトヨタの8倍

他の自動車メーカーと比較してテスラが優位性を保っている点がもう1つある。それはテスラの営業利益率の高さだ。テスラのライバルと言える中国BYDの営業利益率が2%程度にとどまっているのに対し、テスラは2桁台を維持している。

【図表2】テスラの営業利益率
出所:決算資料より筆者作成

2022年11月11日付のヤフーファイナンスの記事「China’s BYD sells more cars—but Tesla makes eight times more profit per vehicle(中国BYDの自動車販売台数は多いが、テスラは1台あたり8倍の利益を上げている)」によると、直近の3四半期における自動車販売1台あたりの利益は、テスラが9761ドルに対し、BYDは1190ドルと8倍以上の差がついている。

BYDが特に不採算というわけではない。トヨタと比べてみよう。

2022年11月8日付の日経アジアの記事「Tesla earns 8 times more profit than Toyota per car(テスラ、1台あたりトヨタの8倍の利益を獲得)」の分析によると、販売ではトヨタがテスラを7対1以上で上回っているにもかかわらず、テスラは1台あたり8倍もの利益を上げている。

【図表3】テスラの売上高と純利益の推移
出所:決算資料より筆者作成

将来の成長に資金を振り向け、新たな技術を開発

テスラが広告宣伝費に一銭もお金をかけていないという話は聞いたことがあるだろう。その代わりにテスラはどこに資金を振り向けているのか。テスラは研究開発に多額の投資を行なっている。他の自動車メーカーと比較するとその違いが際立つ。

2021年10月11日付のビジュアル・キャピタリストの記事「Comparing Tesla’s Spending on R&D and Marketing Per Car to Other Automakers(テスラの車1台あたりの研究開発とマーケティングへの支出を他の自動車メーカーと比較する)」を参考にご紹介する。

図表4は、大手自動車各社が1台の車を販売するのに費やす研究開発費と広告宣伝費を示したものである。既存の大手自動車メーカーが1台あたり400ドルから600ドル程度の広告宣伝費をかけているのに対して、テスラはゼロ。一方、販売1台あたりの研究開発費は2,984ドルと、他の自動車メーカーを圧倒している。この額は、フォード、GM、クライスラーの3社の合計額を上回る。

【図表4】自動車メーカー各社の販売1台当たりの研究開発費と広告費
出所:ビジュアル・キャピタリストの記事より筆者作成

テスラは「持続可能なエネルギー社会を構築すること」を使命として、そのために企業として持てるあらゆる資金を投入している。企業にとって資金をどのように配分するのかは重要な事業戦略である。研究開発費や広告宣伝費にどの程度の資金を振り向けるのかについては業種によっても企業によっても異なるが、資金の配分バランスには、その企業が何を志向しているのかが見事に表れる。

【図表5】テスラのキャッシュフロー
出所:決算資料より筆者作成

現在、テスラのイーロン・マスクCEOが積極的に取り組んでいるのが、自動運転ソフトウェアの「FSD(Full Self Driving)」だ。FSDの開発について、2022年初め、マスク氏は次のように語っている。

自動運転は、間違いなく実現できる。今年中に実現できるのではないかと考えている。この3-4年で生産されたTESLAの車はすべて自動運転車に転身させることが可能だ。自動運転のもたらす変化はとても大きい。それは単なる機能ではなく、歴史的には最も大きなソフトウェアのアップグレードかもしれない。突然、今、ある車の稼働率が上がって4-5倍の車があるような状況になる。定量的にはまだわからないが、ファイナンシャルなインパクトはものすごく大きい

その自動運転を司る司令塔として、テスラは「Dojo」(ドージョー)という名のスーパーコンピューターの開発に取り組んでおり、2019年頃からマスク氏も「Dojo」について言及してきた。「Dojo」は、自動運転に必要とされるレーダーやライダーのセンサーを使わず高品質の光学カメラを用い、視覚のみの自動運転を実現するために膨大な量の映像データを処理するコンピューターだ。

このスーパーコンピューター「Dojo」でトレーニングされた自動運転ソフトウェア「FSD(Full Self Driving)」の最新版がテスラ車に送信され、ソフトウェアの更新を行うと、車両に搭載したコンピューターが最新の「FSD」を自動運転に使うという仕組みになっている。

Dojoは予定通りに進んでおり、今年の夏には意味のあるものを作る。重要な境界点はGPUクラスターに対してDojoが優れたものになるのかということである。Dojoが100%成功するとはまだ言えないが、来年にはその境界点が来るかもしれない

FSDのベータ版を使っている人たちによれば、1マイル走る間に人間が介在する比率はどんどん少なくなり、改善のスピードはとても速い。これから数ヶ月で発表予定のFSDには素晴らしい機能が搭載される。今年中にFSDが安全性で人間を超えなかったら、それは私にとっても驚きとなる

【図表6】テスラの現金及び現金同等物
出所:決算資料より筆者作成

テスラが保有するキャッシュも増えてきており、企業としてのバッテリーチャージは進んでいる。テスラの攻めのスピードは加速しそうだ。正真正銘の研究開発型企業として、これからも新たな驚きを提供してくれるだろう。

石原順の注目5銘柄

テスラ[TSLA]
出所:トレードステーション
フォード・モーター[F]
出所:トレードステーション
ゼネラルモーターズ[GM]
出所:トレードステーション
アマゾン・ドットコム[AMZN]
出所:トレードステーション
アルファベット[GOOGL]
出所:トレードステーション