インテル[INTC]CEOに半導体業界で活躍するアジア系トップ、リップ・ブー・タン氏就任

3ヶ月余り空席だった米半導体大手インテル[INTC]の新たなトップが決まった。インテルは3月12日、元取締役のリップ・ブー・タン氏をCEO(最高経営責任者)に指名、タン氏が3月18日付で就任すると発表した。

マレーシア生まれのタン氏は、2009年から2021年に半導体開発用ソフトウェア(EDA)を提供するケイデンス・デザイン・システムズ[CDNS]のCEOを務め、2020年から2022年にはソフトバンク(9984)の社外取締役を務めた経歴の持ち主だ。2024年までインテルの取締役だったが、経営立て直しの方針を巡って元CEOゲルシンガー氏と意見が対立し、退任していた。

日本経済新聞の3月13日付けの記事「インテル新CEOにタン元取締役、経営立て直しへ期待の声」によると、タン氏は12日付のインテル従業員宛て書簡において、「われわれは一体になってインテルをワールドクラスの製品企業として復活させ、ワールドクラスの受託生産企業としての地位を築き、かつてないほど顧客を喜ばせるために奮闘していく」と述べ、半導体設計と製造のいずれの事業も継続していく考えを示唆したという。

一方で、インテルをめぐっては同業他社による一部事業の買収話も取り沙汰されている。直近では、半導体製造世界最大手の台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)[TSM]が同社の工場を運営する想定で設立する合弁事業について、エヌビディア[NVDA]やアドバンスト・マイクロ・デバイシズ[AMD]、ブロードコム[AVGO]に出資を打診したと伝えられた。報道によると、この提案ではTSMCがインテルのファウンドリー(受託生産)部門を引き継ぎ運営するものの、過半を超える出資は行わず、クアルコム[QCOM]も巻き込む方向で検討されているようである。

注目すべき2人目は、ブロードコム[AVGO]のCEOホック・タン氏

米半導体業界で目覚ましい活躍をしているもう一人のマレーシア出身のタン氏がいる。ブロードコムのCEO、ホック・タン氏だ。ブロードコムが3月6日に発表した2024年11月-25年1月期(2025年10月期)決算は、売上高が前年同期と比べ25%増の149億1600万ドル(約2兆2000億円)、純利益は55億300万ドルと、前年同期比で約4.2倍に拡大した(図表1)。

【図表1】ブロードコムの売上高と純利益の推移
出所:決算資料より筆者作成

ブロードコムは米エヌビディアと比較して語られることが多いが、エヌビディアがハイエンドの汎用型画像処理半導体(GPU)を手がける一方、ブロードコムはそれぞれの顧客向けに特定の用途に合わせたカスタムチップ、ASIC(特定用途向け半導体:Application Specific Integrated Circuit)に強みを持っている。

例えば、グーグル(アルファベット)[GOOGL]のオリジナルのTPUチップの設計などを手がけており、生産はTSMCなどのファウンドリ(半導体受託生産事業者)に委託している。AIインフラの規模拡大を急ぐ「ハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)」を中心に、ASICに対する需要は引き続き旺盛だ。価格が高いエヌビディア製品の代替としてASICの引き合いが活発化していると見られる。

ブロードコムのタン氏は決算発表後に行われた投資家とのアーニングス・コールにおいて「当社のパートナーであるハイパースケーラーは、次世代の先端(AI)モデルへの積極的な投資を続けている」と述べ、引き続き強い需要があることを明らかにした。

セグメント別に見ると、半導体事業の第1四半期の売上高は82億ドルで前年同期比11%増だった。そのうちAIに関連した売上高は前年同期比77%増の41億ドルだった。AI事業が半導体部門の売上高全体に占める割合は50%に達し、1年前の31%から増加した。一方、もうひとつの事業セグメントであるインフラ・ソフトウエア事業も好調で、売上高は67億ドルと、アナリスト予想の64億ドルを上回った(図表2)。

【図表2】ブロードコムのセグメント別売上高の推移
出所:決算資料より筆者作成

先行きについても、ハイパースケーラーである顧客パートナーがより大規模なクラスタを備えたAIデータセンターへの積極的な投資を続けているとしており、2025年2-4月期(2025年第2四半期)の売上高は149億ドル前後と前年比で19%増加を見込んでいる。うち、AI売上は44億ドルと売上高全体の約3割を占める見通しを示した。

異彩を放つブロードコムのタンCEO、インテルの一部事業買収を実行するのか?

ブロードコムのサクセスストーリーは、戦略的買収と最先端技術への絶え間ない注力の賜物だ。ブロードコムは2023年秋に、クラウドコンピューティング企業のVMWareを690億ドルで買収した。この買収は当時、2020年代で2番目に大きな買収ということで話題となったが、これによりブロードコムはインフラストラクチャ・ソフトウェア事業への参入機会を増やし、会社全体の売上が大きく伸びる結果となった。

サクセスストーリーは2009年、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ[HPE]の半導体製品グループからスピンオフして設立されたアバゴ・テクノロジーズが、株式を公開したことから始まる。2013年には大手チップメーカーのLSIコーポレーションを66億ドルで買収。さらに、大きく飛躍するきっかけになったのは、2016年のアバゴによるブロードコムの買収だ。これにより多様な製品ポートフォリオを持つ半導体の大企業となった。買収時にアバゴは社名をブロードコムに変更したが、ティッカーシンボル[AVGO]は残したまま現在に至っている。

2019年8月には、ウイルス対策ソフト大手シマンテックの法人向け事業を買収し、サイバーセキュリティ分野への多角化を図る。そして2022年5月に、仮想化ソフト最大手の「VMware」の買収を発表、この買収が2023年11月に完了し、世界的な半導体およびインフラストラクチャ・ソフトウェアの巨人となった。

【図表3】ブロードコムの売上高推移と買収の歴史
出所:各種データより筆者作成

日本経済新聞の1月7日付けの記事「『1兆ドルクラブ』入りの冷徹な経営者」は、タン氏についてテック界の中では異彩を放つ存在として取り上げている。AI半導体の好調を追い風にエヌビディアのファン氏と比較されるようになったが、社名のブロード(幅広い)が示す通り、無線通信用半導体から、社内サーバーやクラウドコンピューティングなど企業のITシステム全体を管理するための「仮想化」ソフトまで幅広い製品を売っている。

3月6日の決算発表後に開催された投資家とのアーニングス・コールにおいて、は、「1年から6ヶ月間のタイムフレームではM&Aはない。今はAI向け事業とVMwareで手一杯で、それだけで忙しすぎるほどだ」と述べ、直近では直接インテルの一部事業を買収することについては現時点では考えていない意向を示した。

古い記事になるが2017年11月11日付けの日本経済新聞に「ブロードコムCEO ホック・タン氏
『半導体の買収王』また動く」と題する記事が掲載された。当時、ブロードコムがクアルコムに対し総額1300億ドル買収を仕掛けたことを取り上げたものだ。その記事ではタン氏は東芝メモリ買収にも一時名乗りを挙げるなど再編話には必ず首を突っ込むとして、「半導体業界の買収王」と呼ばれるようになったと指摘している。

インテルの一部事業買収については、前述のように関心を示す発言はなかったものの本心はどこにあるのかわからない。しかし、時価総額1兆ドル復活に向け、何かしらの買収や事業提携は視野に入っているだろう。

石原順の注目5銘柄

インテル[INTC
出所:トレードステーション
ケイデンス・デザイン・システムズ[CDNS
出所:トレードステーション
ブロードコム[AVGO
出所:トレードステーション
台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)[TSM
出所:トレードステーション
アドバンスト・マイクロ・デバイシズ[AMD
出所:トレードステーション