日本企業と株主の対話内容、可視化が進む

毎年、3月期決算企業の株主総会が開催される6月が近づくと、株主が日本企業に行う働きかけの内容が続々と公開される。企業価値向上やESG投資への関心の高まりに伴い、日本企業と株主の対話内容は市場関係者に広く伝わるようになってきた。

株主による働きかけは、必ずしも株主提案の提出に限らない。例えば、2022年5月下旬、オーストラリアで企業のESGを推進するNGOのオーストラリア企業責任センター(ACCR)は「JFE Holdings Shareholders Welcome Company’s New Climate Commitments(JFEホールディングス(以下JFEHD)の株主は、同社の新しい気候変動への取り組みを歓迎する)」と題した声明を発表した。同声明によると、ACCRは声明に名を連ねた英ヘッジファンドのマン・グループとノルウェーの機関投資家のストアブランド・アセットマネジメントとともに、JFEHDと気候変動に関するガバナンスの強化に焦点を当てた対話を行ってきたとある。

ACCRは2022年の定時株主総会招集通知にも掲載されたJFEHDの以下の施策を評価したという:

(1)2030年までに2013年比で30%とする温室効果ガスの排出量削減目標を1年ごとに検討し、改善することにコミットメントを示すこと

(2)技術先投資と温室効果ガスの削減目標との整合性について、株主と毎年対話すること

(3)役員報酬を会社の中期経営計画における目標に連動させるというコミットメントを示すこと

ストアブランドのシニアサステナビリティアナリスト、ビクトリア・リーデン氏は「JFEHDが、企業の脱炭素化のために強力なガバナンス構造を持つことの必要性と、技術の進歩に基づく継続的な目標と投資の見直しの必要性を認識していることを嬉しく思います」と述べている。

企業と株主の対話がまとまらず、株主提案やプロキシーファイトなどにエスカレートする事例はメディアで取り上げられることが多く、目立ちやすい。一方で、企業が株主との対話に前向きに応じ、双方がある程度満足できるかたちで交渉を終えることができた場合、企業の取り組みは株主やステークホルダーの評価、さらには長期的な企業価値向上のための知見を得ることもできる。本記事では、そのような事例を紹介したい。

海外では株主提案の「取り下げ」事例が増加傾向

企業と株主による対話が良いかたちでまとまる典型的な事例として、「株主提案の取り下げ」が挙げられる。株主が企業に対して株主提案を提出される前後の段階で、企業の対応により株主が株主提案を取り下げる場合も数多くある。

米国の大手株主擁護団体のAs You Sowが2023年3月末に発表した報告書によると、株主提案の取り下げは近年増加傾向にある。2023年の米国の株主総会シーズンでは、株主提案が取り下げられた事例は76件だったという。これは2月中旬の時点の数字で、2022年の株主総会シーズンの終了時の106件にはまだ届いていないものの、企業と提案株主の交渉は継続中であるケースもあることから、2022年の数字を上回る可能性は十分にある。As You Sowは2021年7月〜2022年6月にかけて、99件のうち56件と、実に半数以上の株主提案を企業との合意のもと取り下げている。

このような事例は有力企業との対話でも次々と見られる。例えばAs You Sowは2021年12月に米動画配信大手のネットフリックス(NFLX)に対して提出した株主提案で「多様性、公平性、包摂の取り組みの有効性について、性別、人種、民族別のデータを含む、従業員の採用、維持、昇進に関する定量的な指標を用いて株主に報告する」ことを求めた。株主提案に直面することとなったネットフリックス側はこれに対して「2024年またはそれ以前に、従業員の定着率と採用率を公表し、性別、人種、民族のカテゴリーごとにデータを共有すること」を約束した。これを受けてAs You Sowは株主提案を取り下げた。

国連投資原則(PRI)が2023年2月にまとめた報告によると、株主提案が株主総会で投票にかけられて世間からの注目を集めることを避けるため、企業は株主に行動を約束することと引き換えに株主に提案を取り下げてもらうこともあるという。

企業の気候変動問題対策の促進に取り組む、一般社団法人のコーポレート・アクション・ジャパン理事の横山隆美氏も、海外で株主提案が取り下げられる事例が数多くあることを言及したうえで「企業には株主提案に直面することになったとしても、提出者からの攻撃や恥とは思わず提出者との対話に応じて、Win-Winの形を目指していただきたい」と語る。
 
横山氏は外資系金融機関で勤務し、AIG傘下のアメリカンホームやAIU、富士火災海上保険の代表を歴任したのち、2022年まで環境NGOの350org.Japanの代表として金融機関と対話を行った。「私が過去に関わった株主提案は、提出先企業の企業価値向上につながると考えて実施した」(横山氏)という。

企業の対話姿勢、株主総会で評価するのは株主

しかし、あくまで株主提案が取り下げられるのは、企業が真摯に対話に応じる場合のみと考えるべきだろう。「株主総会以外で株主に対して前向きに対話に応じたり説明を行ってくれない」と株主から批判を受ける上場企業もあるようだ。

2023年は4月以降、株主の動きが活発になっている。投資ファンドのシティインデックスイレブンス(以下シティ)はコスモエネルギーホールディングス(5021) (以下コスモ)に対して4月までに「再生可能エネルギー事業子会社の上場について取締役会で真摯に議論し、その議論の結果を公表すること」を公約とする社外取締役1名の選任を求める株主提案を提出した。

シティはプレスリリースでコスモの株式を約20%保有する大株主であることを公表している。同社のホームページではコスモとの間で交わされた書簡も公開されており、両社がどのようなやり取りを行ってきたのかを確認することができる。

また、4月中旬には環境NGOのマーケット・フォースや気候ネットワークらの株主が 三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)、三井住友フィナンシャルグループ(8316)、みずほフィナンシャルグループ(8411)、三菱商事(8058)、東京電力ホールディングス(9501)と中部電力(9502)の計6社に対して気候変動問題に関する株主提案を提出したことを発表した。株主提案の詳しい内容や背景については環境NGOらが作成した特設サイト「ASIA SHAREHOLDER ACTION」に詳しくまとめられている。

機関投資家の動きも目立つようになっている。5月に入ると欧州の資産運用会社であるアムンディとHSBCアセットマネジメントがACCRと共同で電源開発(9513)に対して気候変動に関する株主提案を提出したことを発表した。また、ロイター通信の報道によると、デンマークの年金基金アカデミカーペンション、ノルウェーのストアブランド・アセットマネジメント、オランダのAPGアセットマネジメントがトヨタ自動車(7203)に対して気候変動に関する渉外活動の成果を評価し、報告書を毎年開示することを求めて株主提案を提出したという。

このように企業と株主の対話は主要な投資家向けだけでなく、キャンペーンサイトや新聞の意見広告などを通じて個人投資家向けにも発信されるようになった。6月に向けてより多くの企業に対する株主の働きかけが明らかになると考えられる。企業が株主提案の内容を受けて、自社のウェブサイト上で株主提案に対する見解を示すことも多い。企業の対話姿勢や、企業と対話を行う株主の要求内容の妥当性を判断するのは、当該企業の株主だ。株主が企業に求めていること、あるいは企業の対応は妥当かどうかを吟味しながら、株主総会が開催される6月に向けて、投資先企業の対話の内容に注目していただきたい。