企業の政治的関与、投資家の判断も重要に

近年、先進国各国で上場企業のロビー活動に焦点を当てた投資家の働きかけが活性化している。企業が業界団体を通じた政策づくりに関与することで、短期的な利益を優先し、気候変動対策や多様性の推進を遅らせているのではないかという懸念が投資家から上がっているからだ。「企業はESGに関する取り組みをアピールする一方で、言行不一致になるようなロビー活動を行うことはあってはならない。ロビー活動はビジネスの現実を映す」(米国の独立系ESGファンドの幹部)との危機感も聞かれる。

PRI(国連責任投資原則)も2022年1月、投資家が企業の政治的な関与を判断するための見解をまとめた声明「責任ある政治活動への投資家のケース」の中で、「投資先企業が行う政治的関与の目的やプロセス、結果を理解し、それが企業の長期的利益や社会的ニーズにどの程度合致しているかを判断することが重要」と示した。

実際に、米国や欧州では企業のロビー活動や政治支出に関する開示を求める株主提案の数が増加傾向にある。米シンクタンクManhattan Instituteが運営するデータベースProxy Monitorによると、2022年にFortune 250に含まれる企業に対して提出されたロビー活動に関する株主提案は2021年比で4件増の22件だった。米国最大の株主擁護団体・As You Sowらがまとめた報告書によると、2023年に米国企業に提出されたロビー活動に関する株主提案では気候変動、製品の安全性、薬価、労働者の権利と多様化している。

米連邦議会議事堂襲撃事件が1つの転機に

投資家が企業のロビー活動と責任投資の関連性を深く認識したきっかけの1つとなったのは、2021年1月に米国の連邦議会議事堂で起きた襲撃事件だ。現大統領のバイデン氏が前大統領のトランプ氏を制した2020年の大統領選の結果について、トランプ氏の支持者らが「選挙は盗まれた」と異議を申し立て、議会の建物内部に乱入した。米国では民主主義の根幹を揺るがした事件として記憶されている。

一見すると、本件はESG投資と関連がないようにも思えるが、この衝撃的な事件から投資家が大手企業と政治の関係を紐解こうとする事例が誕生した。それがボストンに拠点を置く資産運用会社のZevin Asset Management (以下Zevin)が2021年に米小売り大手ウォルマート(WMT)に対して提出した「ロビー活動の詳細と政治献金の使途」の開示を求める株主提案だ。

Zevin で責任投資を担当するマーセラ・ピニラ氏は「ウォルマートのような企業は政策決定に大きな影響を持つ。同社の政治関連支出がトランプ氏を支持した草の根団体に関わっていたのかどうか、明らかにすべきだと考えて株主提案に至った」と筆者に語っている。Zevinによる株主提案は2021年6月の総会で22.1%の賛成比率を獲得した。

さらに同年、米国では企業のロビー活動に関する株主提案が株主による賛成多数で可決された事例も誕生している。2021年、巨大鉄道会社として知られるノーフォーク・サザン(NSC)に対して、小規模のESGファンド、Friends Fiduciary(以下Friends)は 「気候変動に関するロビー活動と政治支出の詳細を開示すること」を求める株主提案を提出した。この株主提案は2021年5月に開催された同社の総会で76.4%の賛成比率を獲得した。

一般的に日本では鉄道会社の収益の柱が旅客輸送であると考えられており、鉄道業界が「高排出」であると見なされることは少ない。しかし、米東部の広範囲に路線を持つノーフォーク・サザンは、歴史的に石炭の貨物輸送を収益の大きな柱としてきた。同社に投資するFriendsは企業と対話を行うなかで「所属する業界団体を通じて気候変動問題を軽視するロビー活動を続けてきた側面があったのではないか」(Friends 事務局長のジェフ・パーキンス氏)との見方を強めていったという。

「比較的小規模な資産運用会社」(パーキンス氏談)というFriendsだが、提出した株主提案が賛成多数を獲得できた要因として宗教系基金や独立系ESGファンド、機関投資家など300以上の団体で構成される連合団体ICCR(Interfaith Center on Corporate Responsibility, 運用資産総額は約4兆ドル以上)の協力を得たことがキャンペーンの成功要因だったようだ。

日本の有力企業にもロビー活動の開示を求める動き

これまで米国の事例を取り上げたが、日本企業にとってもロビー活動に関する対話は決して他人事ではない。2022年にはトヨタ自動車(7203)の年次総会に向けてデンマークに拠点を置く年金基金であるAkademiker Pension (以下Akademiker)がトヨタにロビー活動を見直すよう求めた株主提案を提出し、期限に間に合わず却下されたという報道があった。

Akademikerは年次総会の直前に発表した声明で「我々や他の多くの投資家はトヨタが行ってきたロビー活動により同社が気候変動対策について世界的に遅れを取っているとのステータスを得たと考えています。同社による公的な声明、各国政府へのEV政策を弱める圧力の強化、経済団体を通じた舞台裏での提言は、純粋な電気自動車とは言えない種類の自動車を廃止することに繰り返し妨害的でした。これは同社の貴重なブランドを危うくし、株主の利益を損なっています」と同社への懸念を明らかにしている。

この動きに対して応えるように、トヨタは2022年に報告書「気候変動政策に関する渉外活動の開示」を発表している。そのなかで「IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書では、低炭素電源によるBEVに加え、持続可能なバイオ燃料や低排出の水素とその派生物質(合成燃料を含む)の活用、燃費改善などもGHG排出緩和に向けた有効な手段としています」と改めて「全方位戦略」の考え方を示したように見える。

同社の開示について、世界の企業や業界団体のロビー活動を分析する英シンクタンクInfluenceMapで日本カントリー・マネジャーを務める長嶋モニカ氏は「トヨタの業界団体の審査プロセスの質は、投資家の期待を大きく下回っています。トヨタは業界団体 (日本自動車工業会や経団連など) の詳細な方針と関与活動、および個々の調整評価がどのように行われたかを完全に開示していません。また、同社は2022年にカリフォルニア州のAdvanced Clean Cars II規制や、2021年に英国のZEV規制に反対した事も開示していません」との見解を示している。

InfluenceMapは、気候変動に関する働きかけを推進する機関投資家のイニシアチブ・Climate Action 100+(以下CA100+)のリサーチパートナーで、世界の機関投資家にもロビー活動に関するデータを提供している。InfluenceMapが公開した「ロビーマップ (世界の企業や業界団体のロビー活動の評価をまとめたデータベース)」で評価の対象となっているCA100+日本企業はダイキン工業(6367)、パナソニッホールディングス(6752)、日産自動車(7201)、本田技研工業(7267)、日立製作所(6501)、東レ(3402)、トヨタ、ENEOSホールディングス(5020)、スズキ(7269)、日本製鉄(5401)などである。

このような背景から、機関投資家が少なくとも気候変動問題に関して日本を代表する企業のロビー活動と企業が掲げる整合性について説明が求められる動きは加速しそうだ。

2022年から米国で「反ESG」派による動きも強まったことで、世界的にESG投資そのものが政治的なテーマと捉えられるようにもなった。米国では公的年金からESG投資を除外する州も現れた。それでも、投資家に企業の政治的関与について判断を求める風潮が強くなった今、上場企業は企業活動と政治への関与を完全に切り離せないことを前提に、株主との対話に応じるべきなのかもしれない。