株式アナリストの鈴木一之です。2023年3月より寄稿させていただくこととなりました。どうぞよろしくお願いいたします。

初回のテーマは「銀行株と金利」です。2023年も桜の季節となりました。2022年に続いて世界の金融市場の参加者は、米国の金融政策の行方に意識を集中させています。

それと同じくらいのウエートで、日本の金融政策の行方にも注意を払っています。4月に任期満了を迎える黒田東彦日銀総裁の後任の植田和男次期日銀総裁候補が日本の金融政策を修正に着手する可能性があるためです。

日銀の「異次元の金融緩和」から10年、金融市場へもたらした影響とは

黒田総裁が日銀トップに就任したのは2013年4月です。その時から始まった「量的・質的金融緩和」、いわゆる「異次元の金融緩和」という非伝統的な金融政策は、異次元という名が示すように、それまでの日銀とはまったく異なった政策を採りました。一言で言えば、デフレに慣れ親しんだ人々の心理を変えようとする政策です。

異次元緩和の本質は、「名目金利はゼロ以下には下げられない」、「金利ゼロの銀行券が存在する以上、名目金利はマイナスにはできない」という「ゼロ金利制約」の下で、どのようにして金融緩和を打ち出すか、という点にありました。

1990年代初頭にバブルが崩壊し、デフレという前代未聞の状況に直面した日銀は金融緩和を推し進め、名目金利をどんどん下げ続けました。その結果、イギリスの経済学者であるケインズの指摘する「流動性の罠」の状況、すなわち「名目金利はゼロ以下には下げられない」という金融緩和の限界に行き着いてしまいました。

金融政策と金利の関係性

伝統的な金融緩和政策であれば、中央銀行が資金の供給量を増やすと、民間銀行の資金繰りは楽になり、結果として短期金融市場の金利は低下します。

短期金利は民間銀行の調達コストに当たり、それに対して民間銀行の貸出金利や資産の運用利回りは長期金利に連動して動きます。基本的に長期金利と短期金利の差(長短金利差)が民間銀行の利ザヤとなるわけです。

日銀が金融緩和政策をとると短期金利は低下します。しかし長期金利は短期金利の低下幅ほどには下がらないため、短期金利に低下余地があれば、利ザヤが拡大することになります。利ザヤが拡大することで、民間銀行には貸し出しを増やそうというインセンティブが強まります。

同時に貸出金利が下がれば、借り手側の企業の間でも資金を借りようというインセンティブが高まるため、貸し出しが増加することが期待されます。伝統的な金融政策の下では、金利低下局面では銀行の収益が拡大します。

ところが「ゼロ金利政策」がある場合の金融緩和は、短期金利はすでに下限近くに到達しておりそれ以上は下がりません。しかし長期金利は低下余地があるため、金融緩和によって利ザヤは縮小してしまいます。銀行は利ザヤを確保することによって人件費や物件費、クレジットコストなどを賄っているため、収益上は厳しくなります。

長期金利が下がることで借り手側の需要は増えますが、利ザヤが圧縮されるために貸し手側の金融機関のインセンティブは高まりません。つまり同じ金融緩和でも、伝統的な金融政策では利ザヤが拡大するのに対して、非伝統的な金融政策では利ザヤが圧縮されてしまうのです。

黒田総裁の下で日銀は2016年1月に、超過準備預金の一部にマイナス金利を付すという「マイナス金利政策」を導入しました。マイナス金利が適用されるのは、金融機関が日銀に預ける超過準備の部分です。一般の銀行預金の金利がマイナスになるのではなく、預金者に影響が及ぶのではありません。

しかし,銀行にとってみれば、預金者から預かる預金金利をマイナスにすることはできないのに、日銀に預ける超過準備の部分はマイナスになるので、銀行の収益はどんどん縮小してしまいます。

同時にマイナス金利政策は、イールドカーブ全体を押し下げる政策でもあるため、ここでも金融機関の収益上は問題が生じます。イールドカーブがフラット化することで長短金利差はますます縮小し、金融機関の利ザヤはさらに悪化します。そうなると金融機関の貸し出し態度は慎重になり、貸し出しが減って景気を冷やすことになりかねません。

平時であれば金融緩和は、借り入れコストの低下とイールドカーブのスティープ化(垂直に近づく)を通じた貸出インセンティブの拡大、という2つの側面から景気を刺激します。

しかし非伝統的な金融政策では、基本的にイールドカーブがフラット化(水平に近づく)する政策であるため、借り手のコストは下がりますが、金融機関が貸出を拡大するインセンティブは小さくなってしまいます。

日銀新総裁の就任で新たな金融政策の可能性、注目の銀行株とは

黒田総裁が勇退し新しい総裁が就任することで、これまでの非伝統的な金融政策が変更される可能性が生まれています。固定されていた長期金利に上昇余地が生じており、それが銀行セクターの株価を刺激しているものと考えられます。

株式市場で個別銘柄に落とし込む場合、まず外せないのがメガバンクです。三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)、三井住友フィナンシャルグループ(8316)、みずほフィナンシャルグループ(8411)の大手3行は、超過準備が大きい分だけマイナス金利が解除された場合、収益面でのプラス効果が大きく出てくると考えられます。

さらに地方銀行まで考え合わせると、スーパー・リージョナルバンクを標榜するりそなホールディングス(8308)はもちろんプラスとして、業界再編のコアとなりうる何行かが真っ先に浮かびます。

南関東ではコンコルディア・フィナンシャルグループ(7186)と千葉銀行(8331)。北関東では群馬銀行(8334)、めぶきフィナンシャルグループ(7167)の組み合わせ。

東北地方では岩手銀行(8345)、秋田銀行(8343)、山形銀行(8344)の枠組み。九州ではふくおかフィナンシャルグループ(8354)と大分銀行(8392)という組み合わせが、県境をまたいで統合効果を発揮しうる地銀グループとして市場の注目を集めそうです。


参考文献

『激論 マイナス金利政策』2016年 日本経済研究センター編 日本経済新聞出版社
『シナリオ分析 異次元緩和脱出』2017年 高田創編著 日本経済新聞出版社