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2023年、株式市場は落ち着きを取り戻す
松本:2023年のマーケットや経済は、どのようになるとイメージされていますか。
後藤:「2023年はこうなる」と1つのシナリオを語るのは難しいですね。今はインフレにしても金融政策にしても、過去数十年で経験したことがないようなことが起きていると思います。実際、FRB(米連邦準備制度理事会)ですら、今後、インフレがどうなるか予測できていない状況です。今年実施された大幅な利上げが今後、実体経済などにどのような影響を及ぼすか見えない部分が非常に大きい。そのため、日々発表されるファクトや流れの変化を丹念に追いかけるしかないというのが、率直な考えです。松本さんはどうお考えですか?
松本:私は歳を重ね、来年の年末には還暦を迎えます。すでに40年近くマーケットにどっぷり浸かってきました。そんな私からすると、昨今の金融市場の大きな変化も「これまでにもあったことだよね」という印象です。
例えば、過去には旧大蔵省の元財務官で、「ミスター円」と呼ばれた榊原英資さんが何か発言するだけで、ドル円の為替レートが大きく動くような時代もありました。
確かにFRBを起点とした動きは、最近では珍しいかもしれません。ただ、毎年、何かトピックが変わっているだけで、いつの時代も何かしらのトピックで相場が動くということを繰り返してきたように思います。
流動性もすごく増えたと言われていますが、世界史を紐解くと、有史以来、貨幣は増え続けています。インフレに関しても、歴史を振り返ると、20年ぐらいデフレか何も起きていない時期の後には急速なインフレが起き、その後、40年ぐらい何も起きず、またインフレになる…という出来事が続いています。今、大きな出来事が起きていると感じても、俯瞰して見ると、案外、今も昔も同じことが繰り返されている。
そう考えると、「金利がいくら上昇しても、年率30%までは行かないのでは…」というイメージが沸いてきます。行き過ぎたものはいずれ戻ってくるということを過去に経験しているから。ただ、人間というのは忘れやすい生き物です。そういった過去の感覚をすぐに忘れてしまいがちですね。
後藤:そうですね。今年、日米の金利差が拡大して、円安が急速に進んだ時、どこまで進行するのかが注目されました。
松本:「どこまで行くのかわらない」という、坂の傾斜しか見えていない状況ですね。でも、状況が少し落ち着いてくると、注目点が「金利上昇はどこで止まるか」に変わりました。
後藤:坂の頂上が見えてきたということでしょうか。
松本:見えてきた、というか、見ようとしている状況ですね。そうすると、2023年にはまだ金利は下がらないものの、2024年には下がるだろうというイメージが沸いてきます。株式市場は常に先を見るので、2024年に長期金利が下がってくることを織り込み始めると、2023年には、今年大きく値下がりしたグロース株が回復するのではないかと考えられます。
私はシクリカル(循環的な景気変動)の観点から、株式市場は落ち着きを取り戻してくるように感じます。
後藤:同感です。この1年は米国のインフレと利上げがマーケットにおいて大きなテーマになっていました。マーケットでは「AだからB」という理屈が、ずっと続くわけではありません。何らかの形で別の事情が入ってきて、逆転することも起こりえます。米国のような超大国の金利が今後8%、10%まで上がるかというと、米国の潜在成長率や米国債に対する需要から見て、そこまでの上昇は考えられないですね。
今後、1ヶ月、2ヶ月先はインフレがどうなっているか見えないので、もう少し金利が上がるかもしれません。しかし長い目で見ると、米国の金利もいい水準まで上がっていて、国債を少しずつ買い始めていい局面になっていると思います。
その観点で言うと、株も然りです。この1年、利上げの影響で株価は下がりましたが、世界に大量のマネーがあることには変わりないので、金利が落ち着いてきたら、その一部が株式に戻ってくると考えています。基本シナリオとして、来年は米国株を中心に株式市場が上がってくると思います。金利についても、米国10年債の金利が2%台まで下がるというシナリオは描きづらいですが、上がりづらくなるでしょう。
ドル円の為替に関して言うと、今年、円安の影響により日本人の間で「ずっとお金を円で持っていても大丈夫なのかな」という危機感が芽生えたので、「長い円安圧力」はジワリと出てくるかもしれません。ただ、再び1ドル150円台を目指す、160円、170円台まで行くという可能性は低くなっている気がしますね。
日本の資産形成を巡る議論に欠けている視点
松本:後藤さんは、資産形成についてどのようにお考えですか。
後藤:この1、2年で日本人の資産形成に対する意識はだいぶ変わってきたと感じています。特に今年は急速な円安の影響もあって、「銀行預金だけでいいのかな」という意識が日本人の間にも広がったと思います。NISA拡充を含め政府主導の動きもあり、資産形成は過去にない盛り上がりを見せているように思います。松本さんは今の局面を、どうご覧になっていますか。
松本:NISA拡充など、良い動きが出てきていると思います。ただ、例えば車をもっと売りたい場合、「エコカー減税をこれだけやります」「ディーラーの数をこれだけ増やします」といった施策をいくらやっても、なかなか売れないと思うんですよね。いい車だったら、ほっておいても売れる。つまり、一番大切なのは商品がいいことです。それは株式投資でも同じ。日本において株がもっと買われるために一番大切なのは、株という“製品”の性能が上がることです。
後藤:企業がよくなるということでしょうか。
松本:そうとも言えますが、もっと直接的に言うと、株価が上がることです。株価が上がらないことには、NISAの枠を増やそうが、どんなに株を買いやすくしようが、株を買うモチベーションが上がらないと思います。
これから株価が上がるというイメージを持てれば、株を買いたくなりますよね。NISA制度の拡充などは非常によいことだと思いますが、最後の1滴が必要です。株を買いやすくするだけでなく、株価が上がりやすくなることが必要なのです。
株価上昇は国益にもつながる
後藤:今、政府は賃上げやスタートアップ育成を議論していて、それ自体は日本経済に貢献するかもしれませんが、これらによって株価が上がるかというと、なかなか因果関係が結びつきにくいですね。株価を上げるための政策として、どのようなものが考えられますか。
松本:上場企業が配当金を損金算入できるようにすれば、株価は上がると思います。そうすると上場企業は配当金をたくさん払えるようになります。国の税収は、企業が株主に払う配当金を損金算入することで一時的に減ってしまいます。ただ、損金算入が認められ、株価が上がれば、キャピタルゲイン課税や企業収益の拡大で、税収は増えるでしょう。
後藤:そうすれば、景気も回りそうですね。
松本:配当金を損金算入できると、最終利益が増えるため、企業は積極的に株主への配当金を増やすでしょう。配当金が増えることで株価は上がり、株式運用で利益を上げている日本の年金資金の運用益も向上します。配当金の損金算入で利益水準が上がった企業の購買力も旺盛になる。株価上昇による資産効果にも期待できるので好景気にもつながるでしょう。
後藤:すごくいいアイデアだと思います。ただ、実際、それをやるとしたら、格差拡大を助長するとか、配当が富裕層のところに行くだけだ、という反発も起こりそうな気もします。
松本:日本ではあまり目的について議論しませんよね。枝葉の部分ばかり議論しがちです。このアイデアを実現するには、まず「株価を上げることがどれだけ国益につながるのか」という議論が必要ですね。株価が上がれば年金の原資になる年金基金の運用益も増えます。株高を背景に企業の購買力も増えます。当然、税収も上がりますし、給与の原資となる元手も増えます。
日本の企業が強くなって海外の企業を買収できる力があると、国の安全保障にも貢献します。いろいろな面で国益につながるのです。そういった点をまずは議論したほうがいいと思いますね。
2023年は内なる改革へ
松本:では最後に、後藤さんの来年の抱負をお聞かせいただけますか。
後藤:多くの方々にしっかりと情報を伝えて少しずつ認知を広げていくことが大きな軸としてあります。さらに来年は、もっと誇らしく仕事ができればいいな…と考えています。軸を据えつつ、新たなことにチャレンジして「想像もしていなかったことをこれだけできましたよ」と、来年末にご報告できるように頑張っていきたいです。
松本:まさにトランスフォーメーションですね。
後藤:松本さんの抱負も聞かせていただけますか。
松本:私自身にとって、日本、世界にとっても、2022年は外部環境の変化が激しい年でした。インフレやロシアのウクライナ侵攻など様々な出来事があり、それらの影響に伴う変化に対応するのが大変な1年だったと思います。
来年は、内なる改革に力を注ぎたいと思っています。私はサバやマグロのように、止まると死んでしまうタイプの人間です。ですから、来年もどんどん、自分や自分に近いところをちゃんとレボリューションしていきたいなと考えています。
後藤:これだけ事業で成功されて、年齢を重ねられて、なおレボリューションというのは尊敬しますね。
松本:私は卯年生まれなので、来年、年男です。なので、来年はサバ科の年男として頑張っていきたいと思います。
多くの個人投資家の方が後藤さんの情報発信に助けられ、刺激を受けていると思います。私も後藤さんの発信を日々欠かさず読んでいます。また来年末にお互いの1年を振り返れるといいですね。今日は、ありがとうございました。
後藤:こちらこそ、ありがとうございました。
※本記事は2022年12月14日に実施された対談を後日、編集・記事化したものです。
※対談の動画後編は以下よりご覧いただけます。
後藤 達也(経済ジャーナリスト)
2022年からフリージャーナリストとして、SNSやテレビなどで経済情報を発信。Twitterのフォロワーは47.7万人(2022年12月20日現在)、YouTubeの登録者数は23.3万人(同)。2004~2022年に日本経済新聞の記者として、金融市場、金融政策、財務省、企業財務などの取材を担当。2016~17年にコロンビア大学ビジネススクール客員研究員。
2019~21年にニューヨーク特派員。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。学生時代に株式取引を経験したほか、独立後の2022年に株式取引を再開。
松本 大(マネックス証券 会長)
ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社を経て、ゴールドマン・サックス証券会社に勤務。1994年、30歳で当時同社最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)に就任。1999年、ソニー株式会社との共同出資で株式会社マネックス(現マネックス証券株式会社)を設立。2004年にはマネックス・ビーンズ・ホールディングス株式会社(現マネックスグループ株式会社)を設立し、以来CEOを務める。マネックスグループは、個人向けを中心とするオンライン証券子会社であるマネックス証券(日本)、TradeStation証券(米国)・マネックスBOOM証券(香港)、また仮想通貨サービスを提供するコインチェック株式会社などを擁するグローバルなオンライン金融グループである。株式会社東京証券取引所の社外取締役を2008年から2013年まで務めたほか、数社の上場企業の社外取締役を歴任。現在、米マスターカードの社外取締役、Human Rights Watchの国際理事会副会長、国際文化会館の評議員も務める。