元々は1960年代前半頃に三波春夫さんが観客を神様と例えて使ったフレーズとのこと。その後、お客様商売をされている方の間で広くサービスの方針として使われてきたようですね。ただし、最近は勘違いしたクレーマーの嫌がらせ等も頻発し、考え方を軌道修正する企業も増えているとか・・・。
このフレーズが流行った頃から何十年間は、世の中はかなり画一的でした。家族構成であれば両親と子供二人、家庭内の役割分担は夫が働き、妻は専業主婦。夫は学校を卒業してサラリーマンになって年功序列で終身雇用。住居は「住まいスゴロク」と言われるように、賃貸アパート⇒マンション購入⇒一戸建て購入というように、社会の中で「モデル」とされるものの割合がかなり高かったと言えるでしょう。
作られた流行を人々が好み、それが爆発的なヒットとなって皆が同じモノを買う、着る、食べる、サービスを受ける・・・というはっきりした傾向のある世の中であれば、飲食店でも商店でもその時々に合わせた販売戦略等を考え、そこから外れないようにすることこそが「お客様サービス」であったのかもしれません。外れなければお客様は満足し、神様として扱われていると感じたのでしょう。
それが昨今では人々の生活スタイル、好み等は多様化し、それを社会が認めるようになっています。もちろん流行はありますが、国民全体が熱狂するというのとは異なりますよね。こうなると画一的なサービスの提供では、「皆が満足する」とはならず、誰かしら不平不満を感じるようになります。個々の要求に応じたサービスを提供が必要となる「ナノ市場化」してきているのです。
金融商品にも同様のことが言えるかもしれません。バブル期は、株が上昇しているのだからと、猫も杓子も、それぞれの家計事情もリスク許容度も関係なく、株投資に走る、走らせる・・・。現在では通用しないですよね。
そもそもお金の事情は好みや流行(もちろん株価上昇期といったトレンドはありますが・・・)より切実に生活感が伴い、それは将来に渡ってその人の人生に関わるものです。
個人のポートフォリオのアセットアロケーション(分散投資)を、「例」として性別や年齢で区切ることは仕方ないですし、実際、わかりにくいお金のことは具現化することで伝わるものも多いはずですが、個人投資家はそれらの「例」をそっくりそのまま取り入れるべきではなく、自身の現在、将来に渡るお金事情(貯蓄や収支等のキャッシュフロー)を把握し、同時に自身のどんなリスクをどの程度受け入れられるか、「リスク許容度」を認識することがまずは必要です。その上で、自分自身でアセットアロケーションをすべきでしょう。(その結果「例」に似ることは問題ありません。)
投資方法、スタイルも、個人によってタイプは異なりますし、ネット証券やネット銀行などは様々なツールを揃えることで、そうした個別のスタイル、ナノ化した要望に応えやすくなっていると言えます。
自分用にカスタマイズをした投資を行ってみてはいかがでしょうか?
廣澤 知子
ファイナンシャル・プランナー
CFP(R)、(社)日本証券アナリスト協会検定会員