岸田文雄内閣は2021年11月19日の臨時閣議で、財政支出が過去最大の55.7兆円となる経済対策を決めました。18歳以下の子どもへの1人10万円相当の給付や低所得の住民税非課税世帯への10万円の支給など分配を重視した内容でしたが、2020年12月に停止した「GoToトラベル事業」の再開も決めました。ワクチン接種や陰性証明を組み合わせた「ワクチン・パッケージ」を活用するほか、高級施設に利用が集中したなどの批判があったことから割引率を見直しました。年末年始の感染状況を見極めながら、早ければ2022年1月中旬にも事業を再開する方針です。

【図表1】再開する「GoToトラベル事業」の主な変更点
出所:旅行者向け GoToトラベル事業公式サイトよりQUICK作成

経済界で高まる「GoToトラベル」再開期待

客数減に悩む宿泊施設や旅行代理店のみならず、経済界で「GoToトラベル」の再開を望む声が高まっています。帝国データバンクが11月5~8日に企業を対象に実施した調査によると有効回答1462社のうち「再開しない方が良い」との回答は12.4%にとどまりました。なかでも再開時期について2021年中と22年1~3月期と早期再開を求める回答は57.6%にのぼり過半の企業が早期再開を望んでいるという結果になりました。なかでも飲食店と旅館・ホテル、娯楽サービスのいわゆる「GoToトラベル関連業種」は22年3月までの再開を求める企業が76.0%と切実です。

第三次産業活動指数の「鉄道旅客運送業」は長期にわたり低迷

サービス業の性格を持つ産業を中心に幅広い業種の活動状況を把握できる第三次産業活動指数(2015年=100)のうち、旅客を運ぶ「鉄道旅客運送業」は2020年1月に103.8と100を超えて推移していました。2020年1月に国内で初の新型コロナウイルス陽性者が見つかった後に感染者が広がり、政府が緊急事態を宣言した2020年4月には58.7まで急落しました。2020年7月に「GoToトラベル」が始まると80台を回復する場面がありましたが、「GoToトラベル」の一斉停止や感染拡大の「第五波」による急増もあり2021年9月時点でも60台後半と低迷が続いています。

【図表2】第3次産業活動指数(鉄道旅客運送業、2015年=100)
出所:経済産業省のデータより株式会社QUICK作成

感染者急減も旅客需要の回復期待は鈍く、「非鉄道」で稼ぐ東急などが上昇

新型コロナ「第五波」の渦中、全国で確認された新規感染者数のピークは2021年8月20日の2万5992人でした。新規感染者数は8月下旬を天井に急角度で減り始め、足元では150人前後とピークの200分の1程度の低水準で推移しています。QUICKが選定した「GoToキャンペーン」関連の25銘柄の11月22日までの過去75営業日の平均上昇率は12.5%と東証株価指数(TOPIX)の5.4%を上回る好調ぶりでしたが、このうち鉄道関連は5銘柄にとどまります。全国の鉄道関連25銘柄の感染ピークからの上昇率上位5社は以下のようになります。

【図表3】全国の鉄道関連25銘柄の感染ピークからの上昇率上位5社
出所:株式会社QUICK作成

25銘柄中15銘柄が下落しており、鉄道旅客事業の需要回復への期待は新型コロナの新規感染者数が激減しGoToトラベルの再開が見通せるようになっても高まっていません。明暗を分けたのは不動産や物流など「非鉄道」事業の稼ぐ力です。上昇率首位の東急(9005)は不動産部門でオフィスビルの売却が予想以上に高い価格で売れたことなどから2021年11月9日に発表した2021年4~9月期決算で2022年3月期の連結営業利益の予想を200億円から250億円に上方修正しました。2022年4~9月期は鉄道を含む交通事業とホテル・リゾート事業の営業赤字が続きましたが、不動産事業は営業利益が2.6倍と大幅な増益となりました。

一方、2位の京成電鉄(9009)は鉄道事業の回復への期待が株価を押し上げた珍しいケースです。2021年10月29日に2021年4~9月期決算と同時に未定としていた2022年3月期の連結業績見通しを発表し、営業損益が前期の180億円の赤字から24億円の黒字になる見通しを示しました。2021年9月30日に緊急事態宣言が解除されて以降は業績が緩やかな回復基調にあるのを反映しました。テレワークの普及で定期券収入の構造的な減少への懸念が電鉄株への投資手控えにつながっていますが、成田空港への空港線を抱えているため国内旅行やインバウンド(訪日外国人)の入国が再開すれば収益回復に直結するとして強気の見方を示す市場参加者もいます。

GoToトラベルの再開は決まったものの、開始時期が具体的に決まっていないことなどから株式市場では鉄道の旅復活への期待は盛り上がりを欠いたものになっています。政府は事業再開に先立って、都道府県独自の「県内旅行割引」に関する補助制度を拡充します。旅行代金の1泊5000円を上限に旅行代金の半額を割り引く仕組みで、国が費用を補助し自治体による上乗せも可能な制度です。県内だけでなく隣接県などへの旅行も割引対象として広げていきます。政府による手厚い支援によって旅客需要の回復が力強さを増すかどうか、まだまだ見極めが必要なようです。

次回はQUICKが選定した「GoToキャンペーン」関連の25銘柄にも含まれている航空関連の銘柄を取り上げます。GoToトラベル再開が飛躍につながるか、世界が脱炭素に向かうなかで立ちはだかる新たな課題などについてみていきます。