ウォーレン・バフェットとイーロン・マスクの価値観の違い

米EVメーカー、テスラの株価上昇によってイーロン・マスクCEOの個人資産が膨らんでいる。ブルームバーグ・ビリオネア指数によると、マスク氏の純資産は11月14日時点で2850億ドルと2位のジェフ・ベゾス氏に800億ドル以上差をつけトップとなっている。

何かとお騒がせのマスク氏がテスラ株を売却しテスラの株価が下がる前のことであるが、マスク氏の資産は上記ランキング10位にあったバークシャー・ハサウェイ率いるウォーレン・バフェット氏の資産の3倍強に拡大し、新たな節目に達したと報じられた。また、その資産の額は、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏とバフェット氏の資産を合わせた額を上回ったことも話題となった。

ゲイツ氏とバフェット氏が個人的にも親しい間柄であるのに対して、異端児のマスク氏は彼らとはもちろん相いれない。マスク氏の資産がピークを迎えたタイミングで、マスク氏はツイッターのスレッド上で、もし資産の額で追いつきたいのなら「バフェットはテスラの株に投資すべきだよ、ハハハ」とツイートした。


もちろんマスク氏はバフェット氏がテスラの株主になることなど期待してはいない。バフェット氏とマスク氏は以前より対立することも多く、その価値観の違いもよく知られている。

例えば、2016年、バークシャー傘下の米電力会社NVエナジーは、テスラの子会社である太陽光発電事業を手がけるソーラーシティーとネバダ州での太陽光発電をめぐり対立した。また、競合他社の参入を防ぐために企業は「モート(堀)」を固めるべきだとするバフェット氏の戦略の1つについて、マスク氏は「時代遅れ」と批判した。これに対して、バフェット氏が傘下の菓子メーカー、シーズ・キャンディーズを成功の証しとして取り上げると、マスク氏は挑発するかのように自分もキャンディーメーカーを立ち上げると宣言したことなどがあった。

バフェット氏はテスラについて「良い投資先とは言えない」と語っており、EVの分野では中国の電気自動車メーカーBYD(比亜迪)に投資を行っている。バフェット氏はマスク氏を「注目に値する男」と称えたこともあるが、その一方で彼には「改善の余地」があり、ツイートする内容についてより考えるべきだと指摘していた。

マスク氏の型破りなところには色々と問題があると見ているようだ。しかし、テスラが着実に利益を出せる企業へと変貌を遂げていることは間違いない。テスラの第3四半期決算で注目されたのは営業利益率だ。直近のテスラの営業利益率は14.6%と自動車メーカーで最高となっている。トヨタの営業利益率は12%前後であることから、これを上回る利益率を達成した。テスラの決算を含めた詳細については前回のコラムをご参照されたい。

EV業界の革命児としてカルト的な人気を誇るマスク氏の強力なオンラインプレゼンスは他に類を見ない。テスラ株の売却に関するツイッター上での発言も世界中のメディアが取り上げた。しかし危うさも伴う。今回の騒動についてバフェット氏はどんな風に眺めていたのだろうか。

バフェットの現金ポジションが過去最大に!

話をバークシャー・ハザウェイに戻そう。同社が11月6日に発表した第3四半期決算では、営業利益が64億ドルと前年同期比18%増加となった。部門別にみると傘下に持つ鉄道部門の営業利益が12%増加した。経済の再開に伴い小売商品の貨物輸送が増えたほか、工業製品や農産物の輸送も好調だったという。

一方、純利益は前年同期比66%減の103億ドルにとどまった。純利益はアップル等、保有する上場株の評価損益で大きく振れやすい。この期間の株式評価益は38億ドルと、前年同期(247億ドル)から大きく減少する結果となった。むろんバフェット氏も、四半期ごとの純利益は会計規則により変動しやすいとして営業利益に注目するよう述べている。

今回の決算での注目点は2つ。1つは株高を背景に一部の株式売却を進め、手元資金が過去最大となったことだ。第3四半期には差し引き20億ドルの株式を売却し、9月末時点の手元資金は1492億ドルまで積み上がり過去最大となった。

【図表1】バークシャーの現金ポジションとNYダウの推移(2021年9月末時点)
出所:筆者作成

もう1つは自社株買いを積極的に行ったこと。第3四半期の自社株買いの実施額は76億ドルと、バークシャーの四半期実績としては過去3番目に大きい規模となった。年初からの累計は202億ドルに上る。自社株買いは第4四半期に入ってからも続いているとみられる。

バフェット氏はジレンマに直面しているだろう。現金は潤沢にあるのに投資のチャンスが少ないのだ。バークシャーが企業としてさらに成長を続けていくためには、大規模な投資を行う必要がある。また、株主からは手元資金の活用を求められている。バフェット氏はかねて大型M&A(合併・買収)を狙うと公言しているが、目立った案件は出てきていない。

バークシャーの意思決定がバフェット氏とチャーリー・マンガー副会長から次の世代に移行しつつある中で、同社はIPOや新興国への投資も始めている。潤沢なキャッシュをどう使うのか。今後、投資戦略を多角化していくことになるのかもしれない。

「バフェット流投資の基本」をキャッシュフロー・マトリックスで確認

「バリュー投資の父」と呼ばれる経済学者のベンジャミン・グレアム氏からコロンビア大学で教えを受けたバフェット氏は師に倣い、一般的には割安株を長期的に保有する「バリュー投資家」であると考えられている。1993年の「株主への手紙」の中で次のように言及している。(Strainerの記事「バフェットの投資に対する考え方」より一部引用)

株式を評価する数学的計算は難しくないが、経験豊富で優秀なアナリストでも将来の利回りを間違えて見積もってしまうことがある。バークシャーではこれを避けるために2つの方法を取っている。まず、自分たちが理解できる事業にこだわること。そのためには単純で安定している必要がある。もしその事業が複雑でわかりにくいならば、将来のキャッシュフローを予測するのは難しい。

投資において重要なのはどれだけ多くのことを知っているかではなく、むしろ何を知らないかを知っておくことなのだ。大きな間違いを避ける限り、投資家がやるべきことはとても少ない。

もう1つの方法として同じくらい重要なのは、購入する際に「安全域」にこだわること。もし、普通株の価値がその価格よりわずかに高い程度なら買わない。この原理こそがベン・グレアムが投資成功の礎石として強調していたことだ。

図表2はフォーム13F(株式保有報告書)から、バークシャーの保有株の上位10社(評価額順)をまとめたものである。

【図表2】バークシャー・ハザウェイの保有株トップ10(2021年6月末時点)
出所:筆者作成

“オマハの賢人”と言われるバフェット氏の投資先を選ぶ基準は極めてシンプルだ。それはキャッシュフローに始まりキャッシュフローに終わると言っても過言ではない。

今回はキャッシュフロー・マトリックスで確認してみる。このキャッシュフロー・マトリックスは縦軸に投資キャッシュフロー、横軸に営業キャッシュフローをとったものである。

投資キャッシュフローは将来のキャッシュを生み出すために使われる先行投資である。企業が成長している時期にはキャッシュが設備投資等に使われるためキャッシュが出ていき、基本的にはマイナスとなる。投資が進み、キャッシュが稼げるようになると、リターンが生み出され営業キャッシュフローがプラスとなる。

多くの企業は営業キャッシュフローがプラスで投資キャッシュフローがマイナスであることから、以下の図の右下の領域に入る。その中でも稼ぎよりも投資の方が多い場合には「投資期」に入り、稼ぎのほうが投資よりも大きければ「安定期」 となる。

企業に投資先がなく、それまでに投資してきたものを売却するようになると投資キャッシュフローはプラスに転じ「停滞期」となる。投資をしなければ自ずと稼ぎも減ってくるため、営業キャッシュフローが減少すると「低迷期」に入り、さらに稼ぎが減少すると「後退期」となる。そして営業キャッシュフローがマイナスとなると「破たん期」になる。

【図表3】キャッシュフロー・マトリックス
出所:筆者作成

では、バークシャーの保有株トップ10社のうち、アップル(AAPL)、コカコーラ(KO)、アメリカン・エキスプレス(AXP)のキャッシュフロー・マトリックスを確認してみよう。

【図表4】アップルのキャッシュフロー・マトリックス
出所:筆者作成
【図表5】コカコーラのキャッシュフロー・マトリックス
出所:筆者作成
【図表6】アメリカン・エキスプレスのキャッシュフロー・マトリックス
出所:筆者作成

いずれも投資を行いつつもしっかりとキャッシュを生み出す「安定期」 にあることがお分かりいただけるであろう。大化け株などで一時的に大きな資金を得たとしても、運だけで得たあぶく銭はすぐに泡と消える傾向が高い。事業として長く投資を続けたいのであれば、安定した王道株への投資が必須である。

バフェット氏の成功の裏にあるのは地道な投資を淡々と継続していることであろう。一時の流行銘柄に乗るのは否定しないが、一発銘柄や飛び道具的な材料株に乗って射幸心を高めてしまうと、「オール・オア・ナッシング(全か無か)」の世界に引き込まれてしまい、長く投資の世界で生き残れない可能性が高まる。

バフェットの有名な言葉で締めくくりたい。

Price is what you pay, value is what you get

「価格とは何かを買うときに支払うもの、価値とは何か買うときに得るもの」
    

石原順の注目5銘柄

アップル(AAPL)
出所:トレードステーション
コカコーラ(KO)
出所:トレードステーション
アメリカン・エキスプレス(AXP)
出所:トレードステーション
バンク・オブ・アメリカ(BAC)
出所:トレードステーション
ムーディーズ(MCO)
出所:トレードステーション

※マネックス証券では、バークシャー・ハサウェイ クラスB(NYSE: BRK.B)の取扱いはありますが、バークシャー・ハサウェイ クラスA(NYSE: BRK.A)の取扱いはしておりません。