テスラが時価総額1兆ドルクラブの仲間入り、10月のテスラ株の上昇率は5割超え
米EVメーカー、テスラ(TSLA)の時価総額が1兆ドルを超え、アップル(AAPL)、マイクロソフト(MSFT)と並び「1兆ドルクラブ」の仲間入りとなった。欧米や中国などを中心とする政策の後押しもあり、世界中の消費者が電気自動車(EV)にシフトする流れが加速している。その中でテスラは快進撃を続け、10月25日に株価は1,000ドルの大台を超えた。年初来の株価上昇率は5割超となっている。
株価の上昇を後押ししたのは、「米レンタカー会社ハーツ・グローバル・ホールディングスが、テスラのモデル3を10万台注文した」というニュースである。ブルームバーグによると、この契約はテスラに42億ドルの売上げをもたらすもので、1回の注文としては過去最大である。大きな注文の場合、レンタカー会社は自動車会社からディスカウントを受けるのが通常であるが、ハーツがテスラに支払う金額を考えると、ほぼ通常価格、値引きなしでの購入になるとしている。
ウーバードライバーは、ハーツのレンタルプログラムでテスラをレンタル可能に
このニュースはこれで終わりではなかった。ハーツはテスラ車購入を発表した2日後、10万台のうち半分の5万台について、ウーバー(UBER)のドライバーにレンタルできるようにすると発表した。2023年までにウーバーのドライバーは、ロサンゼルス、サンフランシスコ、サンディエゴ、ワシントンD.C.でのハーツのレンタルプログラムを通じてテスラをレンタルすることが可能となる。
ウーバーはこの取引について、ゼロエミッション目標に向けた一歩であり、ガソリンコストを節約することで収益を増やす方法をドライバーに提供すると述べた。順次、全米各地に拡大する予定だ。テスラ車を運転してみたいというウーバーのドライバーにその機会を提供するだけでなく、ウーバーの利用者がモデル3に実際に乗ってみることで、買い替えや新車購入の選択肢を与えるきっかけになる。一石二鳥のうまいアイデアだ。
商用EV市場でテスラが戦線を拡大している背景には、残価率の上昇があるという。車載電池の性能向上により、3〜5年使用した場合の電池劣化度が低下しており、航続距離が新車の購入時と比べてあまり落ちなくなった。このため、テスラEVの中古車価格が下がりにくくなっている。米自動車専門誌によると、3年間使用した時のモデル3の残価率は77%と最高水準とのこと。
テスラ車の販売は世界で着実に増えている。例えば、10月12日に発表された中国の9月の新車販売台数を見ると、国内の電力供給制限や半導体不足が響き、前年同月比で19%の減少と5ヶ月連続のマイナスとなった。しかし、EVの販売は増えており、9月のEV販売台数は前年同月比2.5倍となった。テスラ上海工場製EVの販売も同様に2.5倍に拡大した。
欧州でも同じ状況だ。日本のメディアではほとんど報じられていないが、ドイツでも9月のEVの販売シェアが2ヶ月連続で過去最高を記録し、9月のシェアは17.1%と、初めてディーゼル車(15.9%)を上回った。また自動車メーカー別の登録台数では、テスラが7,903台と、トヨタの7,394台を上回った。
ドイツだけではない。英国の9月新車販売統計によると、ガソリン・ディーゼル車を含む全車種の販売台数ランキングでテスラのモデル3が初めて首位となった。また、ハイブリッドを含む広義の電動車の販売シェアは初めて全体の50%を超えたという。
環境規制を率先して進めている欧州において、EVのシェアが高まり、その中でテスラが快走している。自動車調査会社ジャト・ダイナミクスが10月25日に発表したリポートによると、9月の欧州におけるモデル3の販売台数は、ルノーやフォルクスワーゲンの車を上回り、欧州で最も売れた車種となった。EVがガソリン車を抜いて首位に立ったのは初めてのことである。
注目したいのは、ハーツがモデル3を購入したように、販売全体のうちフリート販売がどれだけ増えているのかである。通常、物流会社やレンタカー会社などは数年使用した車両を中古車市場で売却するため、残価率が高い、つまり中古車として高く売れる車両を営業車両として保有するケースが多い。
これまでEVについては、電池の性能劣化が早かったため、なかなか中古市場が立ち上がらなかった。しかし、電池の性能が向上し、電池の価値が中古車価格に反映されるようになってきたため、EVを調達しやすくなっている。残価率上昇がEVの積極導入を後押しする流れが加速しているように見える。今後、商用車としてのテスラの需要も拡大していくことが期待される。
なぜ、テスラは半導体不足の影響を受けないのか?
テスラが10月20日に発表した2021年第3四半期(7月-9月)の決算によると、売上高は137億5700万ドルと前年同期に比べて57%増、純利益は16億1800万ドルと4.9倍に拡大し、売上高、純利益ともに過去最高を記録した。
これまでテスラの売上の重要な部分を担っていた規制クレジット(他の自動車メーカーに対する温暖化ガス排出枠の売却収入)は30%減少したものの、自動車部門全体の売上高は前年同期比で58%増と大幅に伸びた。
今回の決算で注目されたのはテスラの営業利益率だ。直近のテスラの営業利益率は14.6%と自動車メーカーで最高となっている。トヨタの営業利益率は12%前後であることから、これを上回る利益率を達成した。
先日、ドイツのベルリンに建設されたギガファクトリーがオープンした。テスラの設備投資は再び増加しているものの、自動車販売が伸びていることから、車が売れれば売れるだけ実質のコストは減少する。今後も継続して利益が出せる構造に転換してきているようだ。
現在、テスラについては需要が供給を上回る形となっている。そうなると業績は供給される半導体の数に左右されることになる。自動車各社が半導体不足により影響を受ける中、テスラはむしろその間隙を縫うように業績を伸ばしている。テスラの直近の決算は世界的なEV化の潮流に乗っていることを示しただけでなく、テスラの半導体の調達力の強さを示す結果となった。
テスラのイーロン・マスクCEOは2021年8月、半導体不足に関して、日本のルネサスエレクトロニクス(6723)とドイツのボッシュの2社による半導体の供給不足がテスラのEV生産を阻害していると指摘した。あえて特定のサプライヤーを名指しすることで、供給量を増やすよう圧力をかける狙いがあったと見られている。
欧州や米国では、半導体産業の集積化とEV化の促進を同時並行で進めている。半導体サプライヤーはこの流れを踏まえて、EV化を積極的に進めている自動車メーカーに半導体を優先的に供給している可能性が高い。
半導体サプライヤーの立場からすれば、長期契約に加え、大量発注をしてくれるメーカーへチップを優先的に供給したいと言うのは当然だろう。半導体不足により日本の多くの自動車メーカーが減産や工場稼働の停止を余儀なくされている。この背景には、価格を絞り、ギリギリまで在庫を減らすことを善としてきた体質があろう。コロナ禍の影響は、日本企業の身をすり減らす経営が岐路に立っていることを炙り出す結果になったのではないだろうか。
広告宣伝費に経費をかけず、世界有数のブランド力を持つテスラ
テスラが広告宣伝費に一銭も経費をかけていないと言う話は聞いたことがおありだろう。その代わりにテスラはどこに資金を振り向けているのか。テスラは研究開発に多額の投資を行なっている。他の自動車メーカーと比較するとその違いが際立つ。
ビジュアル・キャピタリストの記事「Comparing Tesla’s Spending on R&D and Marketing Per Car to Other Automakers(テスラの車1台あたりの研究開発とマーケティングへの支出を他の自動車メーカーと比較する)」を参考にご紹介する。
以下は、大手自動車メーカー各社が1台の車を販売するのに費やす研究開発費と広告宣伝費を示したものである。既存の大手自動車メーカーが1台あたり400ドルから600ドル程度の広告宣伝費をかけているのに対して、テスラはゼロ。一方、販売1台あたりの研究開発費は2984ドルと、他の自動車メーカーを圧倒している。この額は、フォード、GM、クライスラーの3社の合計額を上回る。
企業にとって資本をどのように配分するのかは重要な事業戦略である。研究開発費や広告宣伝費にどの程度の資本を振り向けるのかについては業種によっても企業によっても異なるが、資本配分のバランスにはその企業が何を志向しているのかが見事に表れる。テスラは典型的な研究開発型企業と言うことが出来るだろう。
マスク氏はツイッターで「テスラは広告を出していないし、認知度のためにお金を使っていない。その代わりに素晴らしい製品を作るために資金を使っている」と投稿している。
Tesla does not advertise or pay for endorsements. Instead, we use that money to make the product great. https://t.co/SsrfOq1Xyc
— Elon Musk (@elonmusk) May 19, 2019
広告宣伝に一銭もかけていないにもかかわらず、なぜ、世界で最も価値のある自動車会社としてここまでのブランド力を築くことができたのか。テスラが広告宣伝費をかける必要のない一番の理由は、そう、イーロン・マスク自身にある。
EV業界の革命児としてカルト的な人気を誇る彼自身がブランドであり絶大なるマーケティング効果を発揮している。Twitterで6000万人を超えるフォロワーを抱える彼の人気は絶大で、余計な広告費をかけることなく、テスラのブランド認知度を高めることに成功している。強力なオンラインプレゼンスは、競合他社の従来のアプローチ以上の成功を収めていることが証明されている。
テスラ、持続可能なエネルギー社会を構築するための戦略
しかし、テスラのブランドロイヤルティは、インフルエンサーであるイーロン・マスクの風変わりさだけに起因しているわけではない。テスラの使命は「持続可能なエネルギー社会を構築すること」であり、そのために企業として持てるあらゆる資本を投入している。
日本経済新聞の記事「テスラ快走、特許に秘密 AI関連、集中的に取得 EV性能向上で先手」によると、テスラは次世代技術の蓄積を進めており、近年では人工知能(AI)関連の特許を集中的に増やしている他、電池の熱制御に関して独自の特許を取得していると言う。自動運転などの安全機能を高めつつ、競争力の土台となるEVの性能向上で先手を打つ戦略が透けると指摘している。
世界が脱化石燃料へと向かう中、テスラは新時代のエネルギー社会の主役に躍り出ている。テスラが提供しているのは自動車だけではない。宇宙も含めた世界を大きく変える主役としてこれからもテスラ、そしてイーロン・マスクの活躍から目が離せない。
テスラの上昇でイーロン・マスクの個人資産は前人未到の3000億ドル(約34兆2000億円)に到達した。テスラやスペースXなどすべてを含めると彼の資産は4000億ドル(約45兆6000億円)に達する。現在の過剰流動性が続けば、5000億ドル(約57兆円)を超えるのもそう遠い日ではないかもしれない。
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