2050年ネットゼロに向けた規制

「カーボンニュートラル」、「ネットゼロ」、「脱炭素社会」といった言葉を各国首脳の発言やビジネスの現場で耳にする機会が日に日に増えています。

2月19日に開催された先進7カ国(G7)首脳会議では、各国首脳が2050年までの温室効果ガス(GHG)排出ネットゼロに向けた過程で「グリーンな変革及びクリーンエネルギーへの移行を実現する」との声明を発表しました。

また、欧米そして日本においても金額の多寡はあるものの、脱炭素社会の実現に向けて巨額の投資目標が掲げられ、企業にとっては脱炭素マネー獲得の機会となっています。

こうした動きはそれぞれの産業にも影響を及ぼしています。例えば、最近では先進国を中心に走行時に二酸化炭素を排出する内燃機関自動車の新車販売を禁止する動きが加速しています(図表1)。

英国政府は2020年11月、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を2030年までに禁止することを発表しました。元々「2040年まで」、としていた目標を2020年2月に「2035年まで」に前倒しをして、1年も経たないうちにさらに5年も前倒しをするという野心的なものです。

【図表1】内燃機関自動車の新車販売禁止を打ち出している国々とその時期(抜粋)
出所:The International Council on Clean Transportation

電気自動車(EV)シェア拡大

内燃機関自動車を代替する次世代車の筆頭として電気自動車(EV)が挙げられます。実際、欧州を中心にEVは販売台数を伸ばしています。

早くからEVの優遇措置を取ってきたノルウェーでは、乗用車の新車販売におけるEVのシェアが、2020年には通年ベースで半数を超えました(図表2)。2021年は多くの新型EVが市場投入されることなどから、さらに新車販売におけるシェアを高めることが見込まれています。

【図表2】ノルウェーの新車乗用車販売におけるEVのシェア
出所:ノルウェー道路交通情報評議会

電気自動車(EV)VS 燃料電池車(FCV)

走行中に二酸化炭素(CO2)を排出しない次世代自動車において、EV以外に忘れてはならないものとして、水素を燃料として用いる燃料電池車(FCV)があります。

一般的な乗用車の次世代自動車としてはEVが急速に広まっているのに対して、数百km程度の長距離輸送を行う大型のトラックについては、FCVが有利とみられてきました。

EVの場合、航続距離を伸ばそうとするとバッテリーを大型化する必要がありますが、バッテリーの大型化に伴い、車体重量も増加します。車両総重量に制約がある中で、車両重量が増加すると最大積載量が減少し、結果的に輸送効率が落ちてしまうということや、大型バッテリーの充電に要する時間が長くなってしまうことなどが大型トラックにおけるFCVの優位性の理由に挙げられます。

それにも関わらず2021年1月、フォルクスワーゲングループのトラックメーカー、スウェーデンのスカニア社はFCVの開発を中止し、EVに注力することを発表しました。同社はその声明の中で、EVへの注力の背景としてエネルギー効率について触れています。

エネルギー効率

ネットゼロを目指すにあたって、鍵になるのは再生可能エネルギーの活用です。

実際には火力発電所などから排出されるガスからCO2を分離して回収・貯留する「CCUS」といった技術も活用されることから、ネットゼロを目指すこととすべてのエネルギーを再生可能エネルギーで賄うことは同義ではありません。

ともあれ、ここでは再生可能エネルギーを利用することを前提としたエネルギー効率について考えてみたいと思います。

再生可能エネルギーに由来する電力を動力とする場合、EVの場合は電力を送配電、充電した後に走行という経路(図表3上段)を辿ります。それに対し、FCVの場合は電力を一旦水素に変換(電気分解)し、さらに圧縮や液化といった工程を経た後に、再び電力にする(燃料電池による発電)という経路を辿ります(図表3下段)。

【図表3】EV(上段)とFCV(下段)の再生可能エネルギーの利用効率の比較
出所:Transport & Environment (2017)

Transport & Environmentによる報告では、現状においてEVが再生可能エネルギーに由来する電力の8割程度のエネルギーを車両の走行に使うことができるのに対して、FCVは3割程度しか使うことができないという結果が示されています。

太陽光発電や風力発電はそれらに適した広大な土地が必要で、天候に左右されるなど様々な課題があり、急激に供給を増やすことは容易ではありません。再生可能エネルギーの利用においても必然的に効率が求められます。

また、システムの複雑さや必要なメンテナンス、充電/充填インフラの設置についてもFCVよりもEVのほうが容易でしょう。輸送効率や航続距離、充填/充電時間他の条件を考慮しても、大型トラックにおいてEVを採用するという考え方は十分合理的なのかもしれません。

勝負のゆくえ

しかし、勝負は決したわけではありません。先のTransport & Environmentによる報告においても今後のエネルギー効率の改善はFCVのほうが上げ幅は大きい(主に電気分解と燃料電池による発電)と見込まれています(絶対的な効率ではそれでもEVのほうが圧倒的に高い)。

また、バッテリーや電気分解および燃料電池に用いられるコバルトや白金といった希少な資源の動向やコスト、さらには代替素材の実用化なども優位性を決定する要素となり得ます。また、送電網が整っていない地域ではFCVに優位性が有るなど使用環境も影響するでしょう。

今後これらの要素がどのように変化していくのかは、引き続き要注目です。そして、脱炭素社会実現のために日本が世界をリードする燃料電池関連技術において、ブレイクスルーが起こることを願ってやみません。

コラム執筆:近内 健/丸紅株式会社 丸紅経済研究所