国連主導の取組であるPRIが懸念を示した日本のGX政策とは
国連が主導する責任投資原則(PRI:2006年に国連主導で発足したESG投資の世界的なプラットフォーム)は、2023年12月に発表した報告書で日本政府が推進する「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」政策について懸念を示した。その具体的な内容は「GX基本方針には、パリ協定の目標(世界の気温上昇を産業革命前より1.5℃上昇以下に抑えるというもの)を達成し、相互に関連するエネルギーと気候の危機に対処するために必要な経済移行を、GX基本方針と関連政策がどのように可能にするのかを明確にするための十分な情報が含まれていない」というものだ。
世界各国では脱炭素社会の実現に向けてエネルギー関連技術への資金の流れが、温室効果ガスの排出量が少ないものに振り向けられつつある。日本企業による投資や金融機関による融資方針が、今後数年間で劇的に変化することも十分想定されるため、そのスピード感を決定づけるGX政策の動向は、近年世界の様々なステークホルダーから関心を集める重要テーマだった。そのような状況のなかでPRIからこのようなメッセージが出たことで、GX政策に関する議論がより一層深まりを見せた。そこで、GX政策に関する議論を振り返りながら、世界各国で投資家の関心事となりつつある企業と政策の繋がりとの関連性を改めて再考したい。
そもそも、GXとは具体的に何を指すのだろうか。経済産業省のウェブマガジン(METI Jornal Online)での解説によると「化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動のこと」とある。2023年2月に内閣官房が発表した政策提言「GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~」を参照すると
過去、幾度となく安定供給の危機に見舞われてきた我が国にとって、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換する「グリーントランスフォーメーション」は、戦後における産業・エネルギー政策の大転換を意味する
と示されており、日本の産業・エネルギー政策の歴史上、極めて重要な政策であることが伺える。そのGX政策推進の軸となるのが「GXリーグ」と「GX推進法(通称)」だ。
GXリーグは「GXヘの挑戦を行い、現在および未来社会における持続的な成長実現を目指す企業が同様の取組を行う企業群を官・学と共に協働する場」と定義されている。日本経済新聞の報道によると、GXリーグの参加企業数は2023年7月時点で560社に固まったという。
同じく大きな軸とされるGX推進法は、カーボンプライシング(企業が排出するCO2に価格をつけ、排出事業者の行動を変化させる政策)や、脱炭素のための技術開発に必要な資金を調達する「GX経済移行債」について定めたものだ。GX経済移行債については、政府は2024年2月を目処に2023年度内で最大1.6兆円、今後10年間で20兆円規模にて発行を始めると発表している。
GX政策の評価や受け止められ方は国内外で多様
GX政策の内容を肯定する見方もあれば、疑問視する見方もあり、様々な評価が下されてきた。経団連の十倉会長は2022年5月時点で「GX経済移行債を先行して調達し、速やかに投資支援に回すという総理のご英断を歓迎する」と語るなど、のちにGX推進法が示したものへの期待感を示した。
一方で、2023年2月に政府がGX推進法を閣議決定したことを受けて、日本弁護士連合会は「今回のGX法案取りまとめにおいては経済産業省における審議会等を構成する委員が業界関係者に偏り、GX実行会議は公開されておらず、必ずしも国民の参加と理解を前提とした政策決定プロセスによるものとは言えない」と警鐘を鳴らした。
また、PRIも政策のGX経済移行債が支える資金供給で開発される技術には「グリーンウォッシュ(見せかけの気候変動対応)のリスクにつながりかねないだけでなく、脱炭素化に向けてよりコストのかかるルートとなる可能性もある」と指摘している。
英シンクタンクはGX政策と企業の関連性も指摘、カギはやはり投資家と企業の対話
英国系で企業のロビー活動を調査し、機関投資家などにデータを提供しているシンクタンクのInfluence MapもGX政策について厳しい目を向けている。Influence Mapは2023年11月に発行した報告書で、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が示した科学的根拠に基づく政策ガイダンスと日本のGX政策には大きな乖離があるとした。そのうえで、GX政策の一部は科学的根拠に基づく政策と整合しているものの、その他の大部分は整合していないとの見方を示している。
また、Influence Mapは企業や業界団体が政策に与える影響力を分析した上で、科学的根拠に基づく政策に沿った企業の政策関与は26%に留まっていることを示した。同時に、日本製鉄(5401)、三菱重工業(7011)、九州電力(9508)、トヨタ自動車(7203)、JFEスチール、三菱商事(8058)、ENEOSホールディングス(5020)、三井物産(8031)の8社を「GX政策への関与を最も積極的に行う企業」として紹介している。
また、リコー(7752)や武田薬品工業(4502)、イオン(8267)、ソニーグループ(6758)、ソフトバンク(9434)を「気候変動政策に前向きに取り組む企業」と分類したうえで、これらの企業が気候変動対策に前向きな政策関与を拡大していることは「経団連が日本の経済界の意見を取りまとめているという主張が妥当でないと示唆している」との見解をまとめている。
企業の政策関与については様々な見方があるものの、2023年は企業の気候変動へのロビー活動に関する株主提案がトヨタ自動車に提出されたことで、日本企業の積極的な情報開示を求める投資家の姿が浮き彫りになった。企業の政策関与については、米国や欧州では個人投資家でさえも大きな関心を寄せる。
日本でも今後は企業の政策関与に関して、機関投資家と企業の対話が深化することが予想される。そして企業の情報開示を通じて、個人投資家が企業の政策関与に関する情報を得ることができるようになりそうだ。